公園は少し歩いたところだった。そして公園にある建物の陰に私を連れて行った。男は、静かに私を抱き寄せて、接吻した。生まれて始めての接吻は、気持ちが悪い。そのうち、抱きしめた片方の手を、私の胸に差し入れてきた。いつまでも接吻をしたまま、私の乳をもみ始めたのだ。
「男は、こんなことをするの?」
と驚きながらも、逃げなければいけない! という危険を覚った。思いっきり彼を突き放して逃げた。後から追いかけてくる。必死で走った。が、行く手は急な土手になっていて、かなり下の方に線路が通っている。
足場の悪い竹やぶを掻き分け、めくらめっぽうに駆け下りた。この時である。右手から汽車が現われたのだ。飛ぶように走ってくる。私は、すぐそこまで迫った汽車を見ながら、思い切って線路へ出た。汽車は一直線に驀進してくる。
私の姿を、運転手は見ているだろうか。見えても、いきなり止めることは不可能なのは、そのすごいスピードで分かる。間一髪! 私は線路を渡った。汽車はそのまま走り去った。ふり返ると男は、もういなかった。
このショックで、家に帰る決心がついた。残ったお金で切符が買えるかどうか心配になってきた。恐る恐る値段を聞くと、売り場の女性は、なんの感情もない顔で「○○円です」と言った。来た時に払った金額を覚えていないほど、動転していたのだ。とにかくホッとして、その町を後にした。帰ると、父は静かであった。
この事件から数日して、学校の先生に呼び出された。温厚そうな男の先生である。彼は、職員室のある、離れへ私を座らせて、
「家出した日に、何もありませんでしたか?」
と聞き始めた。
「もし、何かあったら、先生に話してごらん?」
と言う。なんでこんなことを聞くのか? 考えてみると母は、私が新しい下駄を履いて帰ってきたことに、疑問と心配をして、この先生に相談をしたらしいと思いあたった。
優しいが、くどいほど質問をする先生に、私は一連のあの日のことを語った。最後は、汽車が私を助けたことも。これでやっと先生は、大体納得をしたらしい。母も学校には現われなくなった。
移 住 の 条 件
結局、父から逃れるための移住が、父も一緒についてくることになった。しかし、この時点で主役だった父の立場は、がらりと変わった。暴力だけは振るわなくなった。それだけにかえって不気味で、皆、彼の癇に障らないよう注意をした。
最初、移住先をブラジルに希望した。が、父の目のことでひっかかった(戦争のために右目が見えない)。で、諦めてパラグアイということになった。ところがここでも又、大きな問題が立ち塞がってしまった。
家族構成の中に、農業をする者が最低、一名は居なければならないということである。そのような事情は、私には全く知らされていない。そして父は、私に目をつけたのである。
いよいよ渡航の準備で慌しくなってくるはずの、ある日のことである。
母が改まって、私に話があるという。父が母を通して、百姓の茂夫と結婚するよう命令を下したのである。
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