リオ市南部の高級住宅街、ラランジェイラス。隣にはリオ州知事公邸もある一等地に、名門サッカーチーム、フルミネンセの本部はある。1902年に設立されたこのチームを率いるのはレヴィー・クルピ(63)、Jリーグのセレッソ大阪を率い、上位に引き上げ、香川、清武、柿谷、山口などを見いだし、日本代表レベルにまで育て上げた「名伯楽」だ。
今年の4月からフルミネンセ監督に就任したクルピは、リオ州、ミナス州、リオ・グランデ・ド・スル州等の有力チームが参加する大会を制し、その後開幕のブラジル全国選手権では5位(9月26日現在)につけている。
ブラジルを熱狂させた、リオ五輪とパラリンピックの中間期、リオ・ラランジェイラスの杜で、孫ほどの年齢の選手達に熱血指導を行う同氏を訪ねた。
Q―リオ五輪を振り返って、男子サッカー日本代表についての印象を聞かせてください。
A―悪いが日本代表の試合は見てないんだ。フルミネンセの持ち場を守る事で手一杯でね。1次リーグ敗退と残念だったね。でも次回は開催国だし、日本サッカー協会は準備も早い。絶対に2020年に23歳以下になる年齢の選手達を集めてもうトレーニングをしているはずだよ。地元の利を活かして好結果を出して欲しいね。自分も是非、東京五輪を体験しに、2020年には懐かしい日本を訪れたいよ。
Q―日本サッカーは14年W杯1次リーグ敗退。15年アジア杯で連覇を逃し、今年のリオ五輪も1次リーグ敗退と、停滞期に入っています。今後壁を突き抜けて、もう一段高いレベルに達するには何が必要ですか?
A―日本は社会全体に教育も行き届いていて、素晴らしく整備された社会基盤を持っている。サッカーの発展には間違いなく良いこと。ただし、最近の問題は多くの選手が成熟する前に国外リーグに出てしまう事。Jリーグや日本代表でもさしたる実績を残さないままに国外に出てしまって、試合に出られなかったら意味はあるのか?若くして国外に出てしまうとJリーグのファンから愛着を持たれない。代表チームの選手が、多くのファンにとってTV以外で見た事のない選手になってしまったら、感情移入しづらい。良くない事だ。
Q―セレッソ大阪で貴方が指導した選手達は多くが日本代表レベルに成長しました。
A―セレッソ大阪で香川、清武、柿谷、山口達を指導出来たことは幸運だった。特に香川は、私が抜擢したころ、十代の頃から強い人間性、必ずこの世界の勝者になるんだという意志があった。他の選手にも、彼を見本にして、「日本人にも、自分にもできるんだ」という強い気持ち、野心を持って欲しい。
Q―ブラジル五輪代表の金メダル獲得について感想を聞かせてください。
A―五輪金メダルはとても良いタイミングでブラジルサッカー界にもたらされた。W杯の「7x1」のダメージが未だに残るブラジルが、自信を回復する機会となった。金メダルを獲った若い選手達は順調に成長して、サッカー王国復活に貢献して欲しい。でも、できれば19歳のガブリエル・ジェズース(パルメイラス所属。年明けには英国マンチェスター・シティに移籍が有力)なんかはもう何年かブラジルでやったほうが良い。
Q―フル代表に目を移せば、ドゥンガ前監督から引き継いだチッチ新監督の初戦が目前ですが?
A―ブラジルには、とにかくチームワークを高めるための時間がない。個人に目をやれば素晴らしいタレントは沢山いる。代表監督は、限られた時間の中で最適の選考をし、コンビネーションの熟成も図らなくてはいけない。今は南米のレベルも上がって「お得意さん」扱いできるチームもなくなった。チームの勝利と、連携アップを同時に達成するのは並大抵のことじゃない。
※(インタビューは8月30日に行われた。チッチ新監督率いるブラジル代表は9月2日のエクアドル戦、6日のコロンビア戦と連勝)
Q―その年齢にして一線で戦い続けられるエネルギーはどこから湧いてくるのですか?
A―逆に私にはこの道で生きていく以外の選択肢が一切ない。几帳面さもないし、普段から「あーあ、歌手になりたかったなあ」と夢みたいな事ばかり言っている男だ。フルミネンセの監督を受けるに当たり精神薬を沢山詰めた薬箱を用意した。それに頼っているよ。冗談はさておき、14歳で地元チーム、コリチーバの育成チームに入り、これまで選手として33歳まで、監督としても63歳の今までやってこられた。その理由は、実は幸運以外の何物でもない。優勝も何度か経験したし、メキシコ、日本、サウジアラビアでも仕事をした。神に感謝している。自叙伝に「ツイてただけの愚か者」(原題Um burro com sorte)とつけたほどさ。
―私はこの仕事に本当に情熱を抱いている。この年齢になっても全く尽きない。オファー次第だが、まだあと2年はやれるかな。この仕事は浮き沈みが激しく、日々も慌しく過ぎる。少し考える時間を持つためには仕事を辞めなきゃね。それか、辞めるためには、少しは計画的に考えないとね。
取材時にはにこやかな笑みを浮かべていたクルピ監督だが、本人も認めるとおり、情熱は全く冷めることなく、雨中の試合でもトレードマークのジャージに野球帽スタイルでフィールドの選手達に激しく指示を飛ばす。
負け試合後の会見でも湯気もたたんばかりに顔を赤くして判定に文句をつける態度は勝利への執着心の表れだ。結果が全ての勝負の世界でオファーが未だに途切れないことも、クルピの価値を証明している。
「日本の全てが懐かしい。また訪れたい」と語るクルピ、まだまだ楽隠居はできそうにない。