サンパウロ州在住のガブリエラ・シェパジアンさん(16)は高校3年生だが、多くの級友達のように国家高等教育試験(Enem)を受ける事や、大学受験は考えていない。
彼女が今考えているのはヨーロッパで起きている難民問題で、来年1年間はボランティアとしてギリシャなどで難民支援に当たるつもりだ。
彼女がギリシャに行くのは3度目だ。最初は15年12月で、「アラブの春」や「中東の春」に関心を寄せるジャーナリストの母、ケティさん(49)と共にギリシャ領のレスボス島に行き、難民の受け入れ作業を手伝った。
ギリシャ領の島々はシリアやアフガニスタン、その他の国からの難民がヨーロッパへの架け橋として目指す場所で、母親と共に難民の窮状などを見ていたガブリエラさんが、「チケットを買って、現地に行きましょ。ここに居てあれこれぼやいているより、現地で手伝うべきよ」と言い出したという。
難民の人達が必要とする靴や靴下を集めた上でレスボス島に渡った二人は、次々に到着する船の迎え、お茶やスープ、サンドイッチなどの用意と配布、寄付された衣類の区分け、子供の世話、着いたばかりの人を難民キャンプに連れて行くといった作業をこなした。
難民を乗せた船はひっきりなしに来るため、ガブリエラさんはいつも、海中に入り、高齢者や子供、女性らが船から下りるのを手伝った。時には朝5時前に起き、難民船を受け入れ、夜は難民キャンプの掃除などを手伝う毎日。夜10時に500~800人分のサンドイッチを作った事もあり、海中に落ちて低体温症を起こした女性や子供の死にも直面したが、ガブリエラさん親子はこの間に、忘れられない体験をいくつもしている。
15日間の予定だった滞在は45日間に及び、学校が始まるため、泣く泣く帰国したガブリエラさんは、年の半ばもギリシャに行く事を決めた。
ガブリエラさんは様々な絵などで飾ったガラスのビンに花を生けて売って旅費を工面。今年6月は一人でギリシャに行き、アテネ港にある非公式な難民キャンプとギリシャ北部、レスボス島の3カ所に15日ずつ滞在して難民支援を行った。
帰国後は学校以外の時間を難民問題に関する講演や資金作りのための花の調達と販売に当て、準備を進めるガブリエラさん。仲のいい友人は皆、彼女がギリシャで何を見て、何をしてきたかを知っている。
3回目のギリシャ訪問はやはり一人で、11月出発のチケットはもう購入済みだ。現在は、最初の50日間はギリシャ国内の難民キャンプで手伝うが、その後はヨーロッパ最大の難民キャンプがあるフランスの北部のカレー市に行く予定で、17年にはシリアの隣のレバノンにも行くという。
ケティさんによると、多くの人は「何故、ブラジル人ではなく、難民を助けるのか」と訊くが、何百万人もの難民が助けを必要とし、トラウマを抱えているから、手を差し伸べるのだという。
難民との触れ合いを通し、小さな事で喜べるようになったというガブリエラさんは、18年には国外の大学で心理学を学びたいと考えている。だが、最優先事項はあくまでも難民。ケティさんも「難民はガビの命そのもの」と語っている。(4日付G1サイトより)
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