2009年5月2日、聖南西文化体育連盟(UCES、25団体加盟)の山村敏明会長と小川彰夫氏が、会議に顔を出さない傘下6団体を訪ねて歩くというので、同行取材した。朝9時ごろサンパウロ市を出発して一日で1千キロを走って6会館をまわり、帰りついたのはなんと深夜2時・・・。日本で例えれば、ずっと下道を通って東京―大阪を往復したのに等しい。二人は行く先々で現状を聞き、熱心に会議参加を促していた。
活動が停滞した理由や経緯は異なるが、デカセギブームの隆盛と、コチア産業組合中央会や南伯農協中央会ら中心機関が崩壊した影響を被って、90年代から失速状態だった点が共通していた。話を聞きながら、日系社会という地盤の地下に、とんでもない地殻の歪みを見つけた気分になった。この歪みがいつか大地震につながり、コロニア崩壊を起こす―そんな予兆を受けた。
車中、山村さんは「都会と違って、地方の日系団体には共通した悩みがある。お互いの経験を分かち合って協力関係を強めたい。そんな集いを作りたい」と熱を込めて語っていた。あまりの熱心さに「なぜそんなに真剣になれるのか」と驚いた。かれこれ20年ほど邦字紙記者をしているが、こんな人たちを見たことがなかった。
その時に思い出したのは、前年の日本移民百年祭のときに日本語版百年史編纂委員会が行った「地方日系団体実態調査」だった。従来は「全伯400日系団体」が常識だった。だが08年当時、サンパウロ市文協の地方日系団体リストには373団体しかなかった。
その地方団体の全てに日本語/ポルトガル語の調査用紙を郵送したら119団体から返答があった。無回答の団体に何度も電話で催促し、回答しない理由を聞いた。最初「会は存続しているが調査に関心がない」と思っていたが、電話の結果、実は「回答するような活動をしていない」もしくは「停止状態」の可能性が強いことが分かった。
地方373団体中、「活発に活動」は32%のみ、残りの68%は「ほそぼそと存続」「ほぼ活動停止」「消滅」というのが現実かも…。もしかしたら地方日系団体は最盛期1980年代に比べて事実上3分の1に激減――と背筋が寒くなった。無回答の団体にこそ日系社会の実情が隠されていると痛感した。
山内淳さんは文協会長在任中の96年頃、興味深い体験をしたという。会長自らサンパウロ州内の方々の日系団体を訪問し、交流を重ねていた。モジアナ線のある日系クラブを訪ねたとき、その町の日系人が減少し、ブラジル人を会員として受け入れることにした結果、会員の大半、主要な役員まで非日系が占めることになったことを聞いて驚いたという。
つまり現地では数少ないスポーツクラブだった同団体は、地元の地域住民の会としては存続しているが〝日系団体〟とは言いづらい状況になっていた。日系団体が直面する消滅パターンには、「解散」「近隣団体に合併」に加え、「地域ブラジル団体に変質」との選択肢もあったわけだ。
とはいえ、移民百周年を契機に復活、創立する団体も、少ないとはいえ幾つかあった。「活発に活動」の団体をAレベル、「ほそぼそと存続」をBレベル、「衰退の一途」がCレベル、「消滅」をDレベルと仮定すると、百年祭の調査時のAレベルは119団体。残りの254団体の7割がB、Cレベル、3割はDかもしれない。
このBとCの境界線上には多くの休眠団体がさ迷っている。この団体にカンフル剤を打って生き返らせる必要がある。その重要な機会が移民110周年ではないか。
現在、サンパウロ人文科学研究所が「日系団体実態調査」を進めている。全地方団体を訪ねて回って面接調査をし、地域の実態を明らかにするという意欲的な取り組みだ。どんな治療も病状の正確な把握から。ぜひ移民110周年に向けて、良くも悪くも「本当の姿」を教えてほしい。(つづく、深)