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道のない道=村上尚子=(17)

 父の説明によると、毒蛇の体の模様は地味で頭は小さく三角形ということであった。確かに体の模様はおとなしかった。
 翌日、三キロ先の太田さん宅へあげた。ご主人はいそいそと蛇料理にとりかかった。この家でもこれほどの食料が舞い込んだことを喜んでいるのが、彼らの立居振る舞いで感じとれる。ご主人は、さっそく輪切りにして開き、骨は抜いて塩焼きにした。テーブルの上に、高さ八十センチくらいのものが、積み上げられている。その一枚一枚の肉は、うちわのようでもある。おそらく、これで全部ではないだろう……。
「お上がりください!」
 と奥さんが言った。その奥さんも、幸せいっぱいの笑顔で一枚取った。上品に両手で持って、かじって見せた。
「おいしいんですよ! ほほほほ」
 私たちの目は、奥さんの手許に集まった。穴の開くほど見つめたが、だれも手が出なかった。
 又、ある日などは、いつものように保明が、狩のため木に登っていた。その時、キバの出た目つきのよくない野豚が現われた。そのうち、ぞろぞろ四十頭くらいが出てきた。最初のは、偵察隊だったのだ。いかにも団結している雰囲気。うっかり手を出したら、集団で襲いかねない危険を感じて、おとなしくしていたとのこと。
 ということで、この近くをむやみに出入りすると、大変危ないことなのだ。

 とにも角にも、私たちは生きのびては来た。ある昼時、急に茂夫が川中家から、牛のキモの料理を土産に持ってきた。私はその包みを開くと、すぐにキモを指でつまんだ。むさぼるように口へ運んだ。キモ料理は、あまり好きでないし、そんなに食べたこともなかった。飢えた私には美味しかったし、そんなにゆっくりと味わうゆとりもなかった。
 半分、食べ終わったころ我にかえった。側で茂夫が立って、見下ろしていた。その顔は、軽蔑しきって耐えられず、目を背けたいような顔であった。この時の私は、ただもう飢えた生き物であった。それから二十分後、まるでマジックにでもかかったかのように、両の乳が張って、勢いよく乳が溢れてきたのだ。すぐに、ひろ子を抱くと、この子の飲み方に力が入っている。いつもと違っていた……今、考えると、生命力とは、すごいなと思った。あんな細々した食事でも、乳は何とか出ていたのだから。
 それから一週間後、川中のおばさんが、茂夫について来た。おみやげに大根を二本持って……こんな、むさ苦しい小屋に人が訪ねて来る、私は少し戸惑った。
 炊事場どころか、テーブルもない。特に話題もない。私はふと思い立っておばさんにしてみせた、芸人のようなことを……大根を掴み、泥がむき身につかないよう、皮を剥いて見せた。
「こうして剥くと、水がいらんとよ」 と言って。
 おばさんは、しばらく無言であった…… 

     別  れ

「尚子、あのねえ、山城さんとこへいきなはい」
「?……(以前、黒豆をくれた人だ)……」
「あの家で、いっときの間、暮しなはい。あのおじさんの所なら大丈夫ばい」
 どうやらいつの間にか、父母と山城さんの間で話がまとまっているらしい。あのおじさんに父母は相談して、当分の間、私たち親子を引き取ってもらうよう、頼んだようである。