こちらも先の見通しは真っ暗であったが、今とりあえず間作で、ほそぼそとでも食べて行ける。彼が哀れで、せめてジープだけでも持って逃げられて良かったと、私は思った。しかしジョンソンが倒産した以上、この地もいずれ追い払われるだろう。
ともかく生活は続けていた。
ある日のこと、父が豚を殺した。脂身を保存用の油にするのは、私の役目である。脂肪分をこま切れにし、鍋の中でころがすと油とカスに別れる。これが完全に油だけになった途端、鍋に火が入った!
熱くまぶしいものが、私の顔を包んだ。顔は大したことはなかったが、眉毛がチリチリに焦げた。
「もう生えないのだろうか」と思うほどに。
私は思い切って両方とも剃り落として、つるつるにした。こうすれば、きっと新しく生えるだろうと考えてのことだ。
そんなある日のことである。訪ねてきたこともない青年が、向こうに見えているあの家からやって来た。私より少し年上に見える。こざっぱりした、普段着にしては、いくらか改まった装いだ。中肉中背の、あまり冴えない顔をしている。人相学者に言わせると、何と言うだろうか。私の見立てでは、人間的に軽い男で、といって派手な悪いことは出来ない。一生、うだつは上がらない、たまに癇癪を起こす、と観た。
明らかに、私を意識しての訪問、父母が上手に彼の話し相手になっていた。そこへ、私はお茶を出しに現われ、青年はその眉のない私の顔を見て「ぷっ!」と吹き出した。あのかしこまっていた男が。その後、二度と彼はこの家に現われなかった。
この辺りの日本人は、限られた日本人の中から、将来の伴侶を見つけなければならない。ここの移民たちにとっては、深刻で大きな課題であったのだ。
不思議なもので、あれほど地獄だった家庭に戻ってみると、何か我が家へ帰ってきたという気持ちになっていた。父も大人しくなってきているせいかも知れない。
そんなある晩、妹の町枝と、家から二百メートル先の、風呂を浴びに外へ出た。こうして肩を寄せて、身内と歩くのは久しぶりである。二人でお喋りしながら、私が先に湯に浸かった。湯から上がろうとした時、すぐ横に迫っている原始林から音がした。このしんと静まり返っている空間には、異様な音である。二人の会話は、ハタと止まった。
わざわざこんな林の中に人が入るには、この道筋まであまりにも見通しが利く。こんなさい果てまで人がやって来て、夜まで身を潜めていることは考えられない。声を殺して、すばやく町枝が入れ代わり、湯に入った。私は妹の履物を逃げる方向に向けて揃えた。町枝も私も、極度に緊張している。
その時、又、ミシッ、ミシッと、地面を踏みしだく音が近づいてきた。数歩近づいては止まっている。
はっきりしているのは、人間ではないということだ。踏みしだくその音が、とても人の体には及ばない重力の響きである。ところが二本足で歩いてくる足音なのだ……
ずっと以前、話に聞いたことがある。アンタという牛のように巨大な動物が、この原始林に住んでいる。
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