私の周りの客へ、三―四回もお酌したり、ジュースのお代わり等をしたら、後は客が帰るまで待つ。客たちが立ち上がったら、靴を揃えてあげる。そして彼らが引き上げ始めると、階下の玄関まで、みなで見送る。これで終りだ。手の空いた私たちは、女ばかり集まる控え室へ戻って、お喋りをする。
ひと段落すると、私は胸に手を当てる。そこには、里子の髪が入った、小さなお守りがある……
客が帰って行くことで思い出したことがある。
ある日のこと、ここのメンバーのS子が、しくしく泣いている。理由は、贔屓にしてくれていた客の一人が、日本へ引き上げるという。商社の仕事にきりがついたとのこと。やがて、その客と数人のお供の者たちが、腰を上げた。みんなが玄関まで見送り始めた時、いよいよS子は涙だらけの顔で、泣き崩れた。
「深い仲だったのだろうか……」
私も思わず、もらい泣きしてしまった。ところが、である。客の一行が、門を出たとたん!
「あーあ、お腹が空いたあー」
と、ニコニコしながら、女用の食事の並べてある場所へ、いそいそと向かうのだった。
さて、話がそれた。
小部屋の方は、ブラジルで成功した一匹狼や、商社の社長が僅かなお供を連れて遊びに来る。もちろん商談で来る者もいる。大部屋よりも決して気の抜けない部屋もあったりする。
マダムは、こういったそれぞれの部屋を、客が満足してくれるよう、気を使い、次々と接待をして回る。
ある時、階上の奥の小部屋に、五十代くらいの二人の男性が入った。どちらも会社の重役らしい。招待した方の男が、色々相手に話している。もう一人は、黙って聞いている。話は、この二人にしか分からないような内容で、どちらもお義理で話して、お義理で聴いているのが分かる。
丁度そこへ、マダムが入ってきた。そして入口に近い所へ正座して、背すじを伸ばしている。どの部屋も畳を敷きつめてあるので、正座はなんともない。が、話はますます面白味のないものに入っていく。
マダムの出る幕がない。といって、そのまま消えて出て行くのも、何のためにこの部屋へ来たか格好がつかない。やがて更に専門的な、石山の話となった。相変わらず、退屈なリズムである。マダムも気が気ではないのが私には伝わる。
石山とは、その字の通り石で出来た山である。この山の石を切り取り、色んな用途に使えるようにして売り捌く業者がいる。たまたま昔、私の住んでいた福岡の田川市にあった。その山には常時、数十名の人夫が働いていた。私は、この話に懐かしさも手伝って、口を出した。
「石には目というものがあって、その筋に沿って割って行かなければ、ならないそうですね」
というと、マダムを含めた三人が、私の方へ驚いて顔を向けた。
「ほう! よく知ってるねえ」
「その近くに住んでました」
「まあ! この娘ったら、ホホホ……」
さすがにマダムである。このチャンスを見事に掴んで、部屋の空気を変えてしまった。
この時、私は思った。座を取り持つということが、どんなに大切なことかー