「ヤクザではないな」と判断ができた。
彼は、食事を注文してあるらしく、その間、私たちに話しかけてきた。ボリウムのある、テキパキした声。
「いつから、ここに入ったの?」
ということは、十名の女の顔はみな知っている、常連ということになる。
「数ヶ月前です」
「まだちょっとやなあ、もう慣れたか?」
「はい……」
「うん、うん、……」
もう一人の女が代わって、私よりましな話し相手をしてくれた。膳が運ばれて来て、彼が箸を取り、食べ始めた時である。!私のお腹が、
「グル、グル……」と大きな音を立て続けた。
「恥かしい……」
彼も女も知らん顔をしていた。ほどなく客は一時間もしたら帰っていった。気っぷの良さそうなところは、故郷の男たちに似ていて、何かしら惹かれた。その後、彼が何度か、花園へ現れたある日、仲間が聴かせてくれた。
「あの方はね、杉洋介というのよ。クリチーバのファゼンデイロなの。昔からこの「花園」の馴染みの客なのよ」
あれはもう「花園」の閉まる頃に、彼は現れた。そして洋介は私へ気軽な、今思いついたような声で、
「外へ出らんか?」と誘った。
「どこへ連れて行ってくれるのかな?」と、思いながら付いて行った。タクシーを拾い、ガルボンブエノ通りで降りた。洋介は、とっとと足早に歩いて行くので、後を追うように付いて行く。
その内、とあるホテルへ、彼は何の躊躇もなく入って行った。私は「あっ!」と思った。
この男からは、嫌らしさのかけらも感じていなかったもので…… 私は踵を返して逃げた。振り返ると、大股に歩き回って、私を探している。少し可哀そうな気もしたが、「花園」へ帰ってきた。
一週間くらいは、洋介のことでガッカリし、忘れようと努めていた。私だって生娘ではないのだけれど、それにしてもあんな、人を見下したやり方は酷すぎる。傷ついていた。それでも、なぜか胸の中に引っかかってはいた。年増の姐さんへ、それとなく彼のことを打ち明けてみた。すると姐さんは、
「あの杉さんは、日本にもクリチーバにも奥さんはいないのよ。付き合っている女性もいない。あの人は立派な人よ」
と確信のある声で言った。この話を聞いて、何かもつれた糸がほどけて行くのに、あまり時間はかからなかった。
「やり方は乱暴だったけれど、私一人を選んでくれていたのだ」
という思いで、傷が癒えていた。とうとう洋介を許した。
二人だけのために、小さなアパートを近くに借り、ここへ彼は毎週クリチーバからやって来るようになった。始めは、あちこちのレストランで食事を一緒にしていたが、私の田舎料理が満更でもないらしく食べ始めた。いつも同じような外食にも飽きていたのかも知れない。ほんとうに旨そうに舌づつみを打っている。
洋介は、毎週いそいそとやって来て、明るい話や珍しい話を、山のように私に聞かせてくれた。人の世話をするのが好きな彼は、芸能人が日本からやって来ると、それらの世話をする。
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