また、食堂の経営者同士で揉め事が起きる。すると、わざわざクリチーバからやって来て、丸く治めてしまう。何か昔聞いたどこかの親分のような、気風の良さと、人情を持っている男である。
人情といえば、こんな話もしていた。彼のファゼンダの近くに、猫を捨てる人がいる。それで洋介はその猫に、毎日餌を与えていた。ところがその辺は、猫を捨てやすいのか、少しずつ増えてきて、餌も増えていた。
普通、家庭で猫にたくさんの子が生まれると、どうしても処分しなくてはならない。殺すのは辛い、ということで、捨て場所を探すと、そのファゼンダの付近が、となるらしい。餌を与えるので、猫たちはそこに住みつき始めた。すると、それを耳にした人々は、真っ直ぐ仔猫を持ってきだした。とうとう百匹を超える、大所帯となる。
本格的に、使用人の炊いたものを、車で運ぶのだ。猫たちは、普通は一匹もファゼンダの前をうろつかない。洋介の車が来ると、その音をまだ遠くから聞きつけ、ワッと出迎える。他の車が来ても、寄り付きもしない。洋介の車の音を、猫たちが知っているそうだ。これを私へ聞かせる洋介の瞳には、まるで我が子をいっぱい抱えている「おやじ」のようなものが漂う……
「花園」で三年も働いたころ、ある小料理屋の女将が私を「欲しい」と、マダムに頼み込んだらしい。
この女将は、客としてちょくちょく「花園」へ現れていた人だ。私は、もう「花園」には、何の未練もなかったので、彼女等同士の話し合いに従うことにした。しかし「花園」を去る最後の日、私の側にマダムが寄って来て、
「あなたにリオの支店を任せようと思ったのに……」と、しみじみ呟いた。驚いた! (一番私が冷たくされていた。その私を?)
(支店のあの女将はもう年なのだろうか?)
それとも何かわけがあるのだろうか、と一瞬、頭をかすめたが、今となっては他人ごとである。
「花園」から大分離れた所に、この小料理屋はあった。ここの女将は「花園」のマダムより若く、何か憎めない人であった。近所で働いている、商社マンたちが入ってきて、繁盛している。板前一人と、小柄なばあさんがいた。彼女は、板前たちと、たまに言い争いをするが、話が判れば、さっぱりと尾は引かない。この婆さんが、私によく過去の話をしてくれた。
それを少し書きたい。
ばあさんは、読書が何よりの趣味である。昔は商社の社長宅で、お手伝いとして働いていた。彼女がその家で、働くかどうかは給料の額ではない。その家に入って行き、本が棚にどれくらい並んでいるかで決める。多ければそこで働き、そこの本を全部読み終えたら、そこは出て行くという。
ある社長宅でのこと。夜中に日本からの国際電話が鳴り響いた。ばあさんは、よろめいて起き上がり、受話器を取る。機嫌が悪くなっている。向こうから声がした。
「どちらですか」
「どちらですと? 先ずそっちから名を名乗んなっせい! 武士じゃあないけんど!」
「いやあ、申し訳ありません。私は○○商社の者で○○○と言います」
「そのくらいの地位のもんが、この時間がブラジルでは、どんな時間か分かりまっしょうも!」
と叱りつけた。
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