さんざん父にけしかけられて、私もあんな真面目そうな者は他にあまりいないだろうと思った。友行の申し出を受けることにした。もうひとつ大きな理由も私にはあった。
杉洋介のことを思い出していたのだ。裕福な人でなくてもいい。平凡な人でも、きちんと結婚できる相手に、今の私は価値を感じていた。ところが、友行の方も、姿勢を正して、私へ打ち明けてきたのだ。
「実は、私は日本に妻がいるんです。でも妻は大金持ちの家の娘でした。わがままなんです。ブラジルで、車を一台と家を買っておかないと来ない、と言うのです。もう三年にもなるのに、来ません。事実上、別れたも同じです」
あの手紙と同じように、彼のひと言、ひと言が誠実に伝わってくる。友行を信じた。言われて見れば、私の方も二度目の結婚は、離婚届を出していなかった。書類上の問題だけではあったが……
式を挙げてもらうのは二度目、今回は父母のアパートで、形だけの式である。父母と私、友行のたった四人である。みな普段着に毛の生えたようなもので身をまとい、父が音頭をとった。
狭いサーラ(居間)で厳かに盃を交わした。初めての式の時を、ちらと思い出した。あの騒々しい盛大なものと違って、しみじみとしてかえって重みが出た。いまいる四人がひとつになっているようであった。
友行は、建築に関する技術移民としてやってきて、日系の会社に勤めている。彼は寺の長男だが、弟が住職になっている。又、友行は、船長の資格(大型の船ではない)も持っているという、変わった人であった。
私たちには、新婚というような浮き浮きするものもなく、大した所帯道具もない殺風景なスタートを切った。住居は、同じ「円苔」の通りに見つかった。比較的新しいアパートに借家して入ったのだ。このアパートは、十六階もある大きな建物で、それも二棟ある。入口を取り囲んだ広い庭園には、色々な緑が配置よく植えられている。その所々に、セメント造りの長椅子が、植物の陰から見えている。このアパートの主婦たちは、家事が一段落すると、この庭に出て来て、思い思いのお喋りや、編み物をしながら、日向ぼっこを楽しんでいる。日系人が多いようだ。
「ああ……この辺の主婦たちは、こんな生き方をしている……」
長い間、私は考えてもみなかった平和が、そこにある……炊事、洗濯をして、残りの時間はお喋りや編み物をする! 私もこんな生活、いいなあ! と思った。今は何の不満もないけれど、あの姿には惹かれた! 友行にまた違った夢が出来たことを、私は楽しく告げた。私たちは、それぞれに仕事をこなしていたし、「円苔」は何の心配もなく、営業が出来ていた。
そんなある日、友行が言った。
「『円苔』を止めたらどうか。オレが働いていれば十分だろう。いつまでも、さらし者にならない方がいい」
意外な言葉である! 「さらし者」とは…… 確かに水商売ではある。しかし、そんな風に言われるとは……不意打ちを喰らったように、きょとん! とし、次にショックを受けた。
「呑み屋で働くことを、さらし者……と思うの?」
と問い返してみた。すると友行は、
「いやオレではなく、友人に注意されたんだ。友人に『さらし者』にさせるな、と云われたんだ」