大晦日のブラジルの話題をさらったのは、もっぱら、総合格闘技UFC(アルティメット・ファイト・クラブ)の女性王者、アマンダ・ヌーネスだった。同日未明にアメリカ・ラスヴェガスで行われたタイトル・マッチで、王者返り咲きを目指していた大スター、ロンダ・ラウジー(アメリカ)をわずか48秒で撃沈させたからだ。
思えば、1年数カ月前まで、UFCの女性王者といえば、ラウジーのことだった。デビュー以来、そのほとんどがKO勝ちで、試合に1ラウンドも要しない。おまけにブロンド美人ということもあり、彼女にはスポンサー契約も殺到し、「ワイルド・スピード」などの大人気ハリウッド映画でアクション演技を見せるなど、格闘技の粋を超える活躍をしていた。
15年8月にリオで行われたUFC207でも、ブラジル人選手のベッチ・コレイアを34秒で下し、ブラジル人までもが彼女の強さに酔いしれていたほどだった。
だが、その次戦となった15年11月、ラウジーはホリー・ホルム(アメリカ)にまさかの2ラウドKO負けを喫し、王座を陥落。以来、1年以上、リングを遠ざかっていた。
アマンダはその間に台頭し、16年7月にミーシャ・テイト(アメリカ)を下し、女王の座についていた。だが、ラウジーを倒しての王者となったわけではなかったため、その反応は大きなものではなかった。
ラウジーは、そんなアマンダの初防衛の相手として選ばれたが、戦前のムードはアマンダのタイトル防衛戦というより、完全に「ラウジーのカムバック・マッチ」。試合の告知ではラウジーの宣伝ばかりがなされ、最悪な場合、アマンダの名前がアナウンスされないことまであった。
一説では、この試合に勝てばラウジーには300万ドルの報酬が入ってくることになっていたといい、アマンダには10万、もしくは20万ドルしか手に入らないと言われていた。
アマンダは試合後、この件に関して「チャンピオンは私なのに」と腹を立てていたことを明かしている。
そうした欲求不満は、試合開始のゴングが鳴ってから爆発した。アマンダが13秒過ぎから連続してパンチを浴びせかけると、ラウジーは後ずさりしはじめた。30秒前後にはラウジーをリングを囲む柵に追い詰め、40秒で放ったパンチでラウジーが倒れそうになると、その後は、反撃出来なくなるほどのパンチ・ラッシュを浴びせた。
レフェリーがストップをかけたのは、48秒でラウジーのファイティング・ポーズが崩れ、右足から倒れそうになった瞬間だ。KOという結果を目の当たりにした観客は騒然となったが、アマンダは、人差し指を口に当て、「シーッ」というポーズを取る余裕の姿を見せた。
「私は頭のいいファイター。いつも進化を目指していて、調子が出なければジムやコーチを変える。でも、ラウジーにはそういうのが感じられなかった。あれでは本当のファイターとは言えない」。試合後、アマンダはそう言い放った。
試合終了直後は、ブラジル人のソーシャル・ネットワークでの反応も「ラウジーが完敗した」ことの方に注目が集まっていたが、徐々にアマンダへの敬意もまざるようになっていった。これを機に「ブラジル人最強女性」として、世界的な知名度も上がっていくことになりそうだ。(12月31日付Veja誌サイトなどより)