樹海

この1日を精一杯生きる

 新年早々、悲しい知らせが駆け巡る今年、携帯電話の通信ソフトでも2日、親戚の葬儀があって新年の挨拶が遅れたと詫びた人がいた。グループの仲間が慰めの言葉などを贈ったのはもちろんだが、その中に「明日の事は誰にも分からない。今日を精一杯生きよう」と呼びかけた人がいた▼ドイツでは年末、クリスマスマーケットにトラックが突っ込むテロ事件が起きたし、ブラジルでは年越しの祝いの席に乗り込んだ男性が、元妻と息子ら12人を射殺後に自殺という事件が起きた。サンパウロ市ではクリスマスに、男性2人に暴行されかけた女装の男性を助けようとした露天商が殺された。アマゾナス州の刑務所では1~2日に60人殺害(多くの遺体は斬首や切断、炭化)という惨劇も起きた▼日本語で「キレる」(俗語=激昂する事)という表現が使われ始めたのはいつ頃からか。近年は被害者や遺族らの痛み、悲しみなどに思いを馳せるのを忘れた事件が増えたと思っていたのがコラム子だけではない事は、年末年始の事件について話していた人が「世も末」的な発言をした事からも明らかだ▼人の痛みを理解する事や他者の立場を慮る姿勢は、人が生きていく上で基本中の基本だ。だが、自分達の言い分や利益が第一になると、友愛が冷え、戦争や殺人といった事件も増える▼前述の「世も末」的発言を聞いた時、頭に浮かんだのは「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります」という、聖書の中の終末予言だった。3日は珍しい事にブラジル北東部でも地震が起きた。終末が近いならなおの事、愛や対話の回復を願いつつ、今日という日を精一杯生きなければと思わされる。(み)

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