又、女性の中には、精神的に参っている人が多く、私に馴染んでくると、身の上話をしたい女性が増えた。しかし、治療中に喋られると、私が集中出来なくて大変困る。適当に聞いとけばよかろうと思うだろうが、話している方は、布団を叩いて泣きながら話しているのだ。
これほど、のたうち回って精神的に苦しむと、体に力が入っていて、なかなか肉体の方が治らないのだ。体をくつろがせてやるためには、相手の話を聞かねばならない。ところが、この聞くという仕事が、なかなか難しいことが分かってきた。いや、マッサージ以上……かも……親身になって聞いてやらないと、それが相手に通じる。つまり彼女の鬱積したものが、軽くならないのだ。
それにしても、世の中にはこんなことも……と思うような話が色々出てくる。当たり前のことではあるが、この話を外へは広めない。これが又難しい。
マッサージが終わると、客は来た時よりも、ずっと明るい。その笑顔が、すでに私への仕事賃を支払ったようだ! 嬉しい。
カイロプラスチック
マッサージ師は、若いブラジル人が増えてきた。今は客は一世を好む。けれども一世のマッサージ師もだんだん消えてきた。このリベルダーデ界隈のマッサージ師は、私ともう一人の一世がやっているらしい。なので、今のところ、私への需要はあるが、近い将来この新しい若手に実力がつくと、私の生活は難しくなってくるのが目に見えている。
マッサージをやって九年、カイロプラスチックというのを身につけることにした。カイロプラスチックというのは、関節のズレを正しくすることによって、体の痛みをとる治療法である。この塾を、ピニェイロスで開いているというので、尋ねて行った。
先生は「フェルナンド」という、五十歳の男性で、ブラジル人である。さすが力仕事なので、どっしりとした体格だ。背の高い丸顔の中で、微笑んでいる瞳が温かい。ここへ入れて貰って、第一回目、まず自己紹介をさせられた。生徒は、私を入れて十五名で、みな十代、二十代といったところ。職業についている者もあるが、学生も多い。男女半々くらいか、日系人も二人いる。自己紹介は、私の番が来た。
「ショウコ・ムラカミ、六十三歳」
と言った。すると先生は、私に命令した。
「歳が聞こえん! もっと大きな声で!」
「六十三歳」「オー……」
と皆の小さな、どよめきがした。どうやら先生は、年取った私がこの仲間に入っていることが嬉しいらしい。「どうじゃ! 諸君!」と云わんばかりの顔で、にこにこしている。授業は、三割が講義で、残りの時間は実技となっている。講義は半分も分からないが、必死にメモをしていった。メモといっても「このポルトガル語は、多分、日本語では……」といったもので忙しい。実技は生徒同士で行なう。
一年もすると、すっかり仲間たちと打ち解けてきた。おかしなことに、私のポルトガル語を、いちいち又ポルトゲースに通訳する変な青年が出て来た。どうも私のポルトガル語は、みんなに二〇パーセントくらいしか分からないらしい。