サンパウロ市東部ヴィラ・グラナダ区の州立アウミランテ・クストジオ・ジョゼ・デ・メロ校で2月24日、定年退職する男性教師を同僚や生徒が拍手の列で迎えるという、感動の場面が見られた。
感動で言葉を詰まらせながら挨拶したのは、2006年から同校で教鞭をとっていたルイス・アントニオ・ジャルコヴィス氏(64)だ。
ジャルコヴィス氏は、サンパウロ州内陸部のサンジョゼ・ド・リオ・プレット市で生まれた。
両親は読み書きもろくにできない農夫で、5キロ先の学校には父親に付き添われて歩いて通ったというジャルコヴィス氏は、「今、自分があるのは両親のおかげ」と感涙に浸りながら語る。
ジャルコヴィス氏自身は携帯電話も持たず、ソーシャルネットワーク・サービスも利用していない。だが、彼が最後に行った授業の様子や、同僚や生徒達の拍手の列に驚く様子、花束を渡され、感激しながら挨拶する様子などを写したビデオがネット上に掲載されると、あっという間に閲覧回数が100万回を突破。「いいね」ボタンを押し、「シェア」する人も数多く、オマージュの言葉も寄せられた。
「皆が私を好いていてくれるのは知っていたけど、あんな形で送り出してくれるとは思ってもみなかった。でも、おかげで、私はあの学校でなすべき事をやり遂げたという確信が持てた。私はいつも生徒達に『一人一人が自分のなすべき事をやらないとね』と話してきたんだ」と言う。
だが、教師への道は、決して平坦ではなかった。家計を助けるため、14歳から働き始めた同氏は、22年間電気技師として働いた後に、教師になった。
教師になりたいと思ったのは、エジソン・ソウト・ラモスという先生との出会いがきっかけだった。ラモス氏は、ジャルコヴィス氏が中学への入学試験を受けようとした時から常に彼を助け、授業料や教材費を払うだけではなく、本も貸してくれたという。
ラモス氏のような教師になりたいという夢は遠回りした後に実現した。だが、態度の悪い生徒がいる、教師やその働きの価値を認めない、低賃金など、様々な理由で、教師を辞めようと思った事があったという。
だが、いざ退職という日、彼の口から出たのは「教師になったのは私がやってきた事の中で最良の事だった。私は今、自分が果たすべき役割を果たし終えたという確信に満たされている」という言葉だった。
ジャルコヴィス氏は、「生徒と教師の関係は段々難しくなっている。家庭のあり方も変わり、子供が何を学んでいるかとか、学校で上手くいっているかに関心を示さない親もいる」と語ると共に、困難な状況でも教師を続ける秘訣は「自分がやっている事を愛す事」と言い添えた。
これからやりたい事はと聞かれたジャルコヴィス氏は、趣味の写真について更に勉強する、子供や高齢者のためのボランティア活動に参加する、鳥の世話をするの三つを上げた。「田舎にいた時はいくらでも鳥がいた。今は1羽の鳥がいれば、幸せな気持ちになれる」という。(2日付G1サイトより)
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