空は晴れたが寒くなりましたね。この気候につられるのか、ブラジル政界も中々厳しい日々が続いております。先週6日から9日まで、ブラジリアの選挙高等裁判所(TSE)で現テメル大統領がその職を失うか否かの審理、判決がなされました。
それは2014年末に行われた大統領選挙で選ばれたジウマ大統領/テメル副大統領シャッパ(立候補チーム)の当選が、有効か無効かを判定する裁判だったのです。この選挙が無効だと裁定されれば、既に罷免されているジウマさんは良しとして、その後を引き継いだ現テメル大統領もその職を失うことになるところでした。
大統領が居なくなれば、また選挙などでゴタゴタするし、何よりも今から好転する兆しが見えて来た『景気の回復』が施策不十分で頓挫してしまう恐れがあります。
「こんな汚職政権、潰してしまえ」の当選無効派と、「今は政権争いで時間を潰している時期ではない。来年10月には大統領選挙があるのだから、それまで今のテメルにやらして景気回復を図るべきだ」の当選有効派。両派の国民の関心と注目を受けてこの審議、裁決が行われました。
結果は「有効支持4」対「無効主張3」で有効多数、テメル大統領の現職続行ということになりました。で、この辺の経過、更にこの後のブラジル政界はどのように動いていくのか? 皆さんと一緒に点検してみたいと思います。
▼判決までに2年半
当時政権党だったジウマPT(労働者党)と、これと連携するPMDB(民主運動党)のテメルは2014年、正/副大統領候補のシャッパを組んで見事当選しました。
このとき次点で落選したアエシオのPSDB(社会民主党)は「この選挙には不正があったから、このシャッパの当選は無効だ(だからアエシオが繰り上げ当選だ)」と裁判所(TSE)に告訴しました。この裁判が遅れに遅れて、ようやく今回、2017年6月に判決が出るところまで漕ぎつけたのです。
しかも裁判の構図が、まるでピアーダのようになっています。
テメルも訴えていたはずのアエシオ本人が、ついこの間までテメルを支える与党の党首。さらにアエシオは5月にJBS疑惑の渦中に巻き込まれ、右腕のような存在だった姉を逮捕され、本人も疑惑まみれとなり、上院議員を停職されせられ、あわや逮捕か―という瀬戸際にいます。
「ジウマ/テメルに不正がある」と訴えた本人の方が、先に汚職疑惑で処罰されているのですからまるでピアーダか、ブラックジョークのようですね(失礼)。
連邦選挙裁判所の長官は、最高裁判所判事も兼ねているG・メンデスです。また、告訴状の内容を吟味して他の判事に自分の審議内容、証拠などを提供する主務報告判事にはH・ベンジャミン判事が選任されています。黒い法衣を身に纏う総勢7人の判事は、毛が薄くなって光り輝く頭の人、髪の毛が真っ白の人、識見と威厳を備えて立派に見えます。裁判劇の立て役者たちです。
この判事たちが4日間に亘り、当選有効/有効と手を振り、時には大声を出して熱弁を振るうのですから、これは見ごたえがあります。どこかの劇場で見た裁判シーンより余程の迫力のリアリテーショーが繰り広げられました。
▼どう裁定は下されたか
さて、H・ベンジャミン主務判事(59歳)の発言です。
「ジウマ/テメル陣営はペトロブラスなどから不正に入金した金で選挙運動をしたことは明白である。候補者はその運動資金がどこから入って来たかを知っていた。これは選挙法に明確に違反している。当選は無効だ」
「私は裁判官として、明らかな生きた証拠をそのまま土に埋めてフタをしてしまう墓穴掘り人にはならない。葬儀に参列するくらいは良いが、そんな棺桶は俺は担がないぞ」と訴えました。
ブラジルは裁判官の説明にもユーモアがあります。ベンジャミン判事の説明は筋が通っていて、確かにこれは有罪だという事が理解され、他に二人の判事もこの論旨に追随しました。
これに対し、当選有効派も負けていません、得意の弁舌です。
要旨は―「金に色はついていないから、『これは正規の金で、これはウラの金だ』など、候補者には区別はつかない」とか、「PSDBからこの当選無効の告訴状が出された時点では、建設会社からの不正の金がジウマ/テメル陣営に出されていたことは表に出ていなかった。告訴がされ審議が始まった後から分かった事項を理由に有罪とすることは出来ない」などです。
なお、当選有効派の判事のうち、2人は最近テメル大統領に任命されたばかりの人なので、当然テメル支持に回ると見られていました。
ここで9日(金)昼近くとなり、各判事の見解、裁定は賛成3対反対3と同数となりました。そしてG・メンデス長官が自分の見解、判断を述べて裁判所としての判決が出ることになりました。
メンデス長官は言いました(部分、要約)「一国の命運を左右する大統領の職を選挙裁判所のこれだけの判事できめて良いものか。大統領選挙の度ごとに負けたほうの候補が勝者の選挙運動に違法行為があったと訴え、それをいちいち採用して選挙をやり直していたら、しょっちゅう選挙の繰り返しになることを考えてみたい」
「国の大統領の首をそんなに何時も挿げ替えて良いものか、大統領職の剥奪はそうすることが明白に正しい時にだけやるものだ」
確かに、大方の国の選挙では表に出ない大量の金が動くのが常識であり、重箱の隅を突くような事や単純な理想論を唱えていたのでは、国の政治は動かないようです。
結局裁判結果、ジウマ/テメル大統領選挙は4対3で有効と裁定され、大満足のテメル大統領の笑顔がTV画面に映し出されました。
そしてです。一夜明けた10日(土)には有識者、法曹関係者などからG・メンデスの判決を強く批判する意見が続出しました。『これじゃブラジルは汚職を認める国だ』『無理が通れば道理が引っ込む社会なのか』、国外からも非難のコメントが出されていました。
▼嵐の海を乗り切るかテメル船長
こうして嵐の海に船出して一年、一つ大きな難所を乗り越えたテメル船長ですが、この先来年の任期満了まで1年半、どんな航海が待っているのか? 中々平穏な海に『ボン・ボヤージュ』とはいかない様です。その行く手には次の様な嵐が予見されています。
《1》【テメル政権の不正を捜査している検察/警察から告訴状が出されること】=特にR・ジャノー(JANOT)連邦検察庁長官は正義派の人と見られており、最高裁判所に告発されれば厄介な事となります。
また、テメル陣営の内部からの不正暴露も有り得ます。今回テメル指示を受けて業者から50万レアルの現金を受け取った人は、その現金の入ったトランクを持って、パウリスタのビザ屋から小走りに出て来た映像がTVで全国に放映されており、言い逃れは困難です。
彼の家族は言っています。「お父さん、あんたも他の人と同じに早く本当のところを警察に言って、心も刑も軽くして貰いなさい。暗くて狭い刑務所で一人で寝るのと、家族と共に自分の家で休むのとどっちが良いの?」。
大恩ある親分に義理を立てて現在黙秘している彼が、『やっぱり家族第一』とデラソン(司法取引)に変わる可能性もあるのです。
《2》【政権与党から離脱者(党)が出ること】=現在の政権はテメルのPMDBと、それと提携しているPSDBなどの各党によって支えられています。既に一部の中小政党が離反しているところへ有力与党PSDBが反対側に回ったら、テメルさんも政権運営が出来なくなります。それどころか自分自身の追放案を出されてもこれを否決出来なくなります。
これに対してテメル政権側も手を拱いてはいません。不正を暴く警察/検察には、気に食わぬ幹部などの人事異動、表出ては言わぬが予算、人事面での処遇など検討しています。アメリカのトランプさんが気に食わぬ連邦警察(FBI)長官を首にした例もありますね。
逆にPSDBが抜けたらその穴を埋めて、テメル政権から得点を得ようとしているグループもあります。幾つかの中小政党や元セントロンと言われたグループで150程度の追随者があるとしています。現在PSDBが占めている4つの大臣席(その利権)などが狙われるようです。生き馬の目を抜くというか、政治の世界も中々甘くはないようですね。
いずれにせよテメル船長も色々乗り越えねばならない難所や暴風雨が前途に見えているわけで、これからも難しい舵取りが要求される事でしょう。
これらの方向決定で忘れてはならないことは政治と密接に関係する《経済、実業界の意向》と《主権者である国民》の動きです。
今回派手に繰り広げられた裁判劇でも実利優先の裁定がなされた背景には経済界の意向――『重要な経済回復法案を早く可決して世の中の金回りをよくする事』『不正を減らして政治の安定を図る事』が反映されていることは間違いないでしょう。
ブラジルのような大国の政治が、一握りの政治家の利害のためだけで動かされる様ではダメです。それは最高の主権者である国民の総意を汲んで遂行されるべきものです。私達もこんな政治、経済の動向にも気を配り、よりよい国、住み良い国、ブラジルを形作って行きたいものです。