筑波大学(永田恭介学長)は2015年4月にサンパウロ州立総合大学(USP)と、昨年9月にはサンタクルス病院(HSC、石川レナト理事長)と協定を結んだ。それらを受け、サンパウロ市のUSP医学部で9日、サンタクルス病院が筑波大学、USP、独立行政法人「日本学術振興会」(JSPS)との共催で「第1回日伯学術セミナー」を行った。医療分野の学生など関係者ら約70人がUSP医学部の大会議室に集まり、同セミナーを受講した。
講演会は午後2時から始まった。USPのヴァハン・アゴピアン副学長やジョゼ・オタビオ・コスタ・アウレール・ジュニア医学部長、中前隆博在サンパウロ聖総領事も出席した。
永田学長(63、福井県)は挨拶で「サンタクルス病院とUSPとの協定によりお互いに助け合い発展し合えたら」と語ったほか、筑波大学について紹介した。
中前在サンパウロ総領事はサンタ・クルス病院、筑波大学、USPらが第一回目となる講演会を開催したことに岩井の言葉を述べ、「サンタ・クルス病院はブラジルの日本人移民の歴史とともにある。昨年のリオ五輪でも日語対応可能な医師をリオ市に派遣するなど」
午後3時頃に発表が始まり、永田学長は「ウィルス感染症のコントロール」について英語で講演した。ウィルス研究のなかでも、当地で深刻な被害をもたらしているジカウィルスについても紹介した。「ジカについてはまだ有効なワクチンがないが、日本では衛生環境の改善で同ウィルスの消滅を成功させた例がある。また、科学雑誌Natureでジカウィルスに対する免疫力を強化するワクチン候補例が発表された」と語った。
その後、筑波大学の活動や在学・卒業者の功績、同大初の新興企業「サイバーダイン」が開発した医療用ロボットスーツ「HAL」などの紹介を行った。
松村明病院長(62、東京都)は「神経疾患や他の疾患における放射線治療とその将来」について発表した。
発表では、「次世代の癌治療」として「ホウ素中性子補足治療」の説明があった。健康な部位まで転移した癌細胞のみを破壊できる最先端の治療法だ。
癌細胞のみに蓄積するホウ素入り薬剤を投与し、中性子ビームを当てることでホウ素が反応し核反応で癌細胞を破壊できるため、他の健康な細胞を傷つけることがない。現在は全長約7メートルの同治療装置の縮小化開発が行われている。そのほか、同大学付属病院内の設備などが紹介された。
ほかにも、JSPSの二宮正人顧問による「日伯の関係性」、USP医学部国際関係委員会会長のアルイシオ・アウグスト・コトリン・セグレード教授が「ジカウィルスと黄熱病」、同学部神経学科のマノエル・ジャコブセン・テイシェイラ教授が「ブラジルの大学における神経学科について」を発表した。
講演会に参加した元USP医学部学生の上江津カーチャさん(47、二世)は協定締結について「日系人としてとても嬉しい。大事なこと」と語った。上江津さんと一緒に聴講した鈴木ジュリアナさん(30、二世)はサンパウロ州立大学で薬学を学んだ。「職場で薬品の副作用など研究している。永田学長のウィルスについての発表が興味深かった」と話した。
筑波から永田学長、松村病院長=「ブラジルにない技術の共有を」=HSCとの交流深化に意欲
この講演のため、筑波大学の永田恭介学長は9日、同大学付属病院の松村明病院長は8日に来伯した。
4回目の来伯となった永田学長はサンパウロ市に午前5時頃到着し、イビラプエラ公園内の開拓者先没慰霊碑と日本館を訪問し献花を行った。その後、パウリスタ大通りのジャパン・ハウス(JH)も見学し、平田アンジェラ事務局長とJHのイベントで筑波大学の協力を提案した。11日には石川理事長経営のファゼンダ・アリアンサの視察に松村病院長と行った。
筑波大学は2014年8月にブラジル日本文化福祉協会と連携・協定に関する覚書を交わし、さらに翌15年4月にUSPと提携を結び、事務所を開設していた。
昨年9月に筑波大学で行われた『つくばグローバルサイエンスウィーク』(TGSW)に、サンタクルス病院の石川理事長と二宮正人評議会長、佐藤マリオ渉外担当理事が参加し、連携協定調印式を行った。
協定によって、両機関の医療分野の人材交流、研究、科学技術の情報共有が始まった。その一環として、既に5月19日~6月1日に同病院から脳神経外科の西国幸四郎さん、技術部長の山野ジュリオさんを同大学付属病院に受け入れ、人材交流を行った。
永田学長は「今後の具体的な活動はこれから話し合って決めるが、ブラジルにまだないような技術を共有したい」との意欲を語った。
同大学はブラジルを含め12カ国13カ所に海外オフィスを持ち、現在約110カ国から短期留学生900人を含め、2400人程度の留学生を受け入れている。
永田学長は「全学生約1万6420人の内の15%が留学生。医学生の受け入れは言葉の問題もあり難しいが、これから受け入れられれば」と説明した。ブラジルからは科学技術分野の人材育成と競争力強化を目指すブラジル政府の奨学金プログラム『国境なき科学』(Ciencia Sem Fronteiras)を利用した学生が約30人留学しているそう。
すでにリオ連邦大学、サンパウロ州立カンピーナス大学、パラー連邦大学、ペルナンブッコ連邦大学、ブラジリア連邦大学とは提携済み。これからサンパウロ州立大学(UNESP)と提携を結ぶ予定だそう。
永田学長は海外の大学との提携を推進していることについて、「筑波大内の国際性の日常化を目指している」と説明した。「日本は教育機関に限らず閉鎖的。医療をはじめ、各分野で持っている技術などは海外の大学とほとんど同じ。海外に出て行くことで他国や他の機関から筑波大学にオファーをもらえることがある」と語った。
一方、初来伯の松村病院長は8日午前にサンパウロ市到着後、すぐにサンタクルス病院内を見学した。
「トヨタ生産方式を取り入れ、救急受付対応など患者への対応を迅速に行っている。私達の病院にはまだ採用されていない」と評価し、「サンタクルス病院がなにを期待しているか、こちらがなにをできるかを話し合いながら今後の活動を決定していきたい」と語った。
また、筑波大学の留学生数について「日本で2番目に多い」と話した。「筑波大医学部への留学生は少ないが、若い人同士の交流は良いこと。USPの脳神経外科は歴史があり、こちらの方が教えてもらえるのではと期待している」と語った。
HSC石川理事長が感謝=「ブラジルの医療を牽引したい」
石川理事長(79、二世)は講演会の後、「無事終わってよかった」とほっとした様子で話した。「今後の活動は先生方と話し合って決めるが、今年9月に筑波大学で続けて行われるブラジル・ウィークとTGSWに参加する。HALが実際に使用されているところも見たい」と語った。
今回の講演会開催について、「『昨年9月にブラジルでの講演会をしてください』と話してからすぐに来てくれることになった。学長と病院長が揃って講演会をするのは筑波大学としても初めてのことと聞きました。とてもありがたい」と笑顔を見せた。
将来の活動について、「人材交流や技術交換を進め、当病院でも評判が良い眼科のほかにも脳神経外科、ガン治療などの分野もどんどん向上させていきたい。ゆくゆくは病院設立当時のようにブラジルの医療・介護分野を牽引したい」と将来を展望した。
1926年設立された在ブラジル日本人同仁会が、「ブラジルで暮らす日本人の医学的治療と衛生の手段を提供する」との目的で、この病院を1939年にサンパウロ市ヴィラ・マリアナ区に落成し、当時は「日本病院」と呼ばれた。
現在は「サンタクルス病院」となり、サンタクルス日伯慈善協会が運営している。戦前の設立当時は、建築、医療分野ともにブラジルの最先端と言われ、ほとんどの職員が日本人だった。
現在は139の個室と2床の相部屋となる病室があり、英・日・ポ語での患者対応や診察などのほか、憩の園やこどものその、希望の家などに診察、手術などといった無料の医療支援、健康診断などを行い、日系社会に寄り添ったサービスを提供し続けている。