日本語教本は数多くあるが、『ブラジル人のためのニッポンの裏技』ほど日本の生活をよく捉えているものはない。イラストの親しみやすさや例文から溢れ出るユーモア、学校や保険、運転免許証取得の手続き方法まで載せている親切さを加味すれば、日本での生活を志すブラジル人に最適な一冊と言っても差し支えないだろう。
「ブラジルの酒と音楽をこよなく愛している」という著者の松田真希子さんは金沢大学准教授。研究プロジェクトのためにブラジル滞在中だ。新潟県の長岡技術科学大学で講師をしていた頃、外国人に日本語を教えるボランティアをしていた。言葉の壁に苦しむブラジル人が多く居り、悩める彼らの助けになればと同書の制作を始めた。
共同著者のディアゴ・サレス・ピントさんはリオデジャネイロ生まれのブラジル人。留学生として日本に渡った後、日本企業に就職。「言葉や文化の違う国で暮らすと一般的なことでも一大事になる」との経験から、友人らの体験も集めてこの本に反映した。
そうした経緯を経ているので、同書に収録されている単語や例文は、日本で暮らすブラジル人達が本当に必要としたものばかり。堅苦しい教科書にはない「え?、そうかな?」(pode SER…/sera…)「いいんじゃない?」(por que nao?)など微妙なニュアンスを伝える相づちの打ち方から恋愛における男女のやり取りまでが、口語体で示されている。
挨拶の仕方やレストランでの注文の仕方など基本的な生活用語はもちろんのこと、アパート探し、職探し、病院での受診、災害に遭った時など生活をする際に必要となる実用的な用語、日本での外国人登録や運転免許の切り替えなど各種手続き、知っておくと便利な電話番号なども網羅されている。
日ポ両語で掲載されているので、手っ取り早く言いたいことを指差しで伝えることも出来る。
同書が日本で出版されたのが2008年。2013年にブラジルでの販売が開始されて以降、ベストセラーを続けている。
この本が多くの人に愛されてきた理由が『妊娠・出産』の項によく現れている。同項に限らず例文は、使用が想定される場面順に時系列で並べられているのだが、この項に限りこれが見事な会話劇となっている。
「生理がないの」
「妊娠したかもしれない」
「どうしよう」
「困ったな」
「病院へ行こう」
「保険がききません」
「赤ちゃんを産みたい」
「結婚しよう」
「まだ早い」
「国へ帰って産む」
「一人でも産みたい」
同書の作成経緯を知っていると「こうしたやり取りが実際にあったのだろうか」とハラハラしてしまう。同項最終ページには、「母子手帳」や「つわり」などの関連単語が並べられた後、「男の子かな? 女の子かな?」「赤ちゃんが動いた」「楽しみだね」と三つの例文が示されている。どうやら幸せな結末を迎えられたようだ…。
こうしたちょっとした工夫やユーモアが各所に散りばめられているお陰で、単語帳なのに読んでいて飽きない。ベストセラーなのも頷ける。要所に挟まれる「裏Jeitinho」と題されたコラムも必見だ。
日本語を勉強中のブラジル人はもとより、日本へ留学や研修に行く予定のある人、働きに行く人、ポ語初心者の日本人、日本文化に関心のある人へのプレゼントにもぴったり。
定価50レアルで、太陽堂書店(11・3208・6588、www.livrariasol.com.br)、フォノマギ書店(11・3104・3329、www.fonomag.com.br/)、高野書店(11・3209・3313)で好評販売中。ぜひお買い求めを。
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