「『オレをクビにしてくれ』と言って来た労働者の申し出を断ったら、不服に思ったらしく、組合に入れ智慧をされたのか、いわゆるサボタージュを始めた。わざとかどうかは知らないが、怪我までして何カ月も仕事をしないでINSSをもらいながら居座り続けるケースも。その後も職場内に仲間をふやして雰囲気を悪くし、ストを扇動したりして大変困っている。この改正労働法は、このような場合に役に立つのか?」―そんな切実な問いかけが1日、商議所の改正労働法セミナーの質疑応答で聞かれた。
ブラジルでは毎年なんと約400万件もの新規労働訴訟が起こされ、その累積件数に至っては誰も知らない。世界に冠たる「労働訴訟大国」だ。
ちなみに日本における労働関係の民事訴訟事件の新規受理件数は2004年現在で3168件。ブラジルでは1943年施行の現統合労働法(CLT)が、当時のヴァルガス左派独裁政権の思想的置き土産として国民性に強く染み込んできた歴史がある。
74年もの間、根本改正を経ることなく温存され、根付いてきた。
この間、憲法自体は3回も全面改正したにも関わらず、統合労働法はきわめて神聖・不可触な存在であり続けた。
南米大陸でも最も遅くまで奴隷制を残した国ゆえに、それが歴史的トラウマとなって社会的揺り返しを生じ、労働裁判所と労働組合が両輪となって「労働者の過剰優遇」を定着化させてきた。
そんな「奴隷の呪い」を体現する法律が、ついに「近代化」された。テメル政権の大手柄だ。
大筋としては、従来は組合との協議が必要だったことを省略できるようにして労働者本人と会社との契約を優先する方向性、労働裁判所が「判例」という形で事実上の法律を作って来たのを規制して弱める方向性、テルセイリザソン(業務委託、派遣労働)の緩和、組合税の廃止、在宅勤務などが挙げられる。
同セミナーでは「我々が悩まされている組合の活動が弱まる方向になっていくのか?」など、冒頭に紹介したような労働者を過剰に優遇する労働法に胡坐をかいた「プロ活動家」や組合に悩まされる日系進出企業から質問が飛んだ。
16年10月26日付VEJA誌によれば、ブラジルには1万6293組合もあり、米国(約130団体)の125倍に相当する。2005年は約1万3千組合だったので、PT政権中だけで実に約3400組合が新しく誕生した。
労働者の給与から政府が組合税を源泉徴収して組合に分配する仕組みのせいで、これだけ増幅した。改正法では組合税支払いが自由意志となり、その循環が断ち切られる。
質疑応答での「改正労働法によって組合依存体質、訴訟の多さは変わるか?」との質問に対し、講師の久富(くとみ)としえ・ヴィウマさんは「そう簡単に変わるとは思えない。5年、10年後に徐々に変わるのでは」と牽制した。
さらに「組合税は廃止されたが、組合は生き残りを模索して政治家を動かし、別の財源を模索するなど、リアクションが起きる可能性がある」とも指摘。役割を弱められる労働法関連の弁護士、労働裁判所などの司法筋からの反発も予想され、「最終的にどのへんに落ち着くのか、施行後の運用実績と判例を見て行かないと改正の影響は分からない」のが現状のよう。
ヴィウマさんは「11月11日に改正労働法が施行されるが、そこから2年間に解雇された労働者は、直前の5年間にさかのぼった内容に関して訴訟を起こせる」ことを強調した。
つまり、11月からの2年間に、駆け込み訴訟を起こされる可能性があり、その場合は、旧統合労働法が適用されるため、現状と何も変わらないことになるので「過剰な期待を持たない方が良い」といさめた。
施行2年後から徐々に改正労働法の考え方が社会にしみ込んでいく―と考えた方が現実的のようだ。「すぐにブラジルの訴訟体質が変わるとは期待できません。むしろ、しばらくは駆け込みに注意したほうがいいかも」とヴィウマさんは警鐘を鳴らした。(深)