移民史料館運営委員会の森口イグナシオ忠義委員長(82、二世)は、1943年、サントス海岸部の枢軸国人に対する24時間以内の強制立ち退き令を受け、サンパウロ州バストス市に移り住んだ経験を持つ。森口委員長は当時8歳。「家族みんなで持てる限りの荷物を抱えて出て行った。近隣では飼っていた鶏を二束三文で売った家もあった」と振り返る。「学校で日本人だからいじめられたのが悔しかった。今に見ていろよと思っていた」。終戦後、USP工学部建築科を卒業。自ら設計事務所を立ち上げ、大学教授や援協会長などを歴任した。そんな森口委員長だからこそ、史料館大改装計画発表にあたって、「日本移民の苦難やブラジル社会への貢献を歴史に残したい」と述べた言葉に重みが感じられた。