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ブラジルの人種差別、実際のところ

タイース・アラウージョ(右、Pedro Moraes/GOVBA)

タイース・アラウージョ(右、Pedro Moraes/GOVBA)

 先日20日、サンパウロ市をはじめ、一部自治体では「黒人の意識高揚の日」ということで祝日だった。毎年この日に、黒人に対する差別問題について深く考えることを促すのを主な目的としたもので、マスコミもこの日に向けて問題提起を投げかけている▼だが、マスコミが問題を投げかける以前に、今年の場合はひとつの悶着があった。黒人女優タイース・アラウージョが8月に行なった講演会での発言が、14日にネット上で知られて問題となったためだ▼タイースはこの席上で、6歳の長男の子育てについて語った際、「息子は6歳なのに、サッカー教室に行くのにたまたま上半身裸で歩いていたら、道行く人が反対側の歩道を歩き、カバンを盗まれないように身構えられてしまった」と語ったのだ▼この発言がネット炎上を招いてしまった。「タイースは話を大げさにして真実を伝えていない」「自分たちは被害者という発言で、周囲の人からの同情を狙っている」「いくらなんでも、6歳の子どもに対してはそんなことはありえない」などの反論が起こったのだ▼ブラジルの場合、こと「人種差別」の問題を尋ねた際、全く異なる答がかえってくる傾向はかねてからある。人によっては「これほど人種差別をする国はない」といい、そうかと思えば別の人は「他の国に比べれば少ない方だ」という▼ブラジルに暮らすアジア系として客観的に言わさせえもらうならば、国際的な基準で見れば「後者」が近いと言わざるをえない。ブラジルは人口の55%が黒人か褐色系で、憲法でも人種差別が禁止されている。日常生活でアメリカで起こったような白人至上主義者の行進などはないし、日本や韓国や中国の一部で行われ国際問題にもなっているような、相手に対しての配慮にあまりに欠けるヘイト・スピーチのような文面をネットなどから目にすることもない▼つい最近も、グローボ局の有名キャスターが、収録当時放送されなかった中継現場での録画の中で「どうせ黒人がやっていることだから」と語った映像が漏れた際も人種差別的発言だと大騒ぎとなり、軽い気持ちで放送外で言ったつもりのキャスターに同情論はほとんど起きなかったほどだ▼ただ、ブラジルの場合、いわゆる「プレコンセイト(偏見)」は他の国より少なく見えても「デスイグアウダーデ(不公平)」の問題が依然として大きいのは否定できない事実だ。「サンパウロ市の街中での差別犯罪では加害者の6割が白人男性(この場合、人種差別よりは同性愛者差別の方が目立つが)」「国の失業者の6割は黒人」「黒人の大学の進学率は白人よりも27%低い」「失業者の7割は黒人」などの報道は実際に耳に飛び込んで来る▼アジア人の自分自身も含んで考えて、ブラジルを生きていく上で言葉や暴力で直接傷をつけられるケースは諸外国ほどではない。だが、差別心はなくとも、不公正が看過されることがジワリと社会を蝕み、気がつけば致命傷に…、ということは起こりえる話だ。そうならないようにするのが、この国の課題だろう。(陽)