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幸せな老後を過ごすために=文協『さくらえん』を作ろう=サンパウロ市在住 橘かおる

国士舘センターの立派な体育館(文協サイトより)

国士舘センターの立派な体育館(文協サイトより)

 余りこれといった事もしていないのにもう年の暮れ、街行く人たちの姿にも何がなし慌しさが感じられます。
 年が過ぎるというと思い浮かぶのは、戦後のブラジルに生きて来た私達の人生、「こちらもそろそろ一区切りなのかな」と言う事です。
 若い頃、1950年代に実社会で働き始めた私達は周囲のことはあまり分からなかったが『何とかこの地に自分の旗を掲げたい』と心に願い、とに角、一生懸命働きました。激しいインフレや社会変革、何度もの通貨の切り替えなど苦難の時期がありました。この間、一緒にガンバッテ来た仲間も、或いは病に倒れ、或いは日本に帰り、ここでの戦列を離れて行きました。
 こんな中「良くもこれまで生きて来たもんだ」という感慨も湧きますが、あれから六十年、今は人並みの家に住み、子供達もそれなりの教育を受け独立して家庭を持っている。
 孫たちはブラジル人として育って明るい未来が見えています。身体一つでこの地に来たのにこの繁栄、有り難い事だと感謝する心の余裕も生まれる年の暮れです。

幸せな老後をどうやって得るか

 それでは「これから幸せな老後を過ごせそうか」と言うと、どうもそうではなさそうなのです。
 『年を取ったら空気の綺麗な郊外に土地(シャカラ)を持って、野菜や草花でも植えてノンビリ暮らせたら良いな』と思っていたのですが、とんでもない。今は郊外の一軒家住まいなどは何時強盗に襲われるかとビクビクで、老人二人などでは住めないのです。これは仕方なく、排気ガスで汚れた空気の街で鉄格子とカギの住まいを余儀なくされています。
 更に、老人には別の問題があります。それはデジタル社会というかⅠoTというのか、何十年も前に学校を出て来た私たちには急速すぎる社会の仕組みの変化です。学習が追いつきません。
 今は何でもカード、コンピューターです。銀行の残高など、昔は印刷した紙で報告が来ましたが、今は自分でアクセスして確認が必要です。TVやヴィデオを見ようと思えば何だか分からぬボタンがある。ちょっと押し間違えると突如画面が消えて、どうしても元に戻せない。長距離バスや飛行機の予約、搭乗も今は何でもパソコンです。自分では解決出来ないので、『やっぱり俺は時代遅れか』と心がくじけます。
 それより困るのは自分自身の身体や頭の老化です。何十年も使ってくれば身体のあちこちに故障が出て来ます。それで医者へ行ってもろくに説明もなく、検査、検査でいやになります。その上、頭(脳)にはボケの問題があります。
 人の顔は知っているのだが名前が出てこない。さっき使ったのに、カギをどこへ置いたのか分からない。参った参った、お手上げです。
 お金を払うから、誰か(どこか)信用出来るところがあって、これらを一括管理、運営してくれれば良いのだが、と思いますよね。
 ところで日本にも前から似たような問題があり、もう解決策が出されています。一定の収入があるが、その管理運営に自信がない人向けに、安心して老後を過ごせるような老人向け施設というのが沢山あるのです。皆様の周囲でも「親を施設に入れた」「兄弟が老人ホームに入って安心して住んでいる」などの例が多いでしょう。
 ブラジルでも日本の例を踏んで、そういう施設を作れば問題解決になりますよね。

文協の『さくらえん』を作ろう

元気な女性の笑顔

元気な女性の笑顔

 さて、ブラジルにもその施設にピッタリの場所があるのです。それはサンパウロ郊外、サンロッケ市にある文協の『国士舘大学』の用地です。
 この土地は原生林も含め58ヘクタールの広さがあり、サンパウロ市から五十数キロ離れているので空気清涼、緑豊かです。ここに日系人優先の有料老人ホームを作るのです。この土地には前に国士舘が建てた立派な体育館がありそのまま活用出来ます。
 また、沢山の桜の木が植えられていて、季節になると花を楽しませてくれます。それでこの環境にちなんでこの計画を仮に文協『さくら苑』と呼んで話を進めてみましょう。

文協『さくら苑』が出来れば――
# 『さくらえん』は国士舘の土地の一部を利用しますから、治安の問題はありません。更に敷地内にはそれなりの保安の配備をします。
# 入居者は月ぎめの入居料を払えば良く、自分のお金、財務などを「さくらえん」に管理運用して貰う事も出来ます。
# 食事は栄養士や専門調理人が居て日本人向けの献立で準備しますからブラジル式の脂ギトギトはいやと言う人にも好適です。通常の健康チェック、医療手当ても所内で行います。
# 一日を楽しく過ごせる娯楽やレクリエーションも勿論一杯です。日系の高齢の方達が子供のころの童謡や歌を唄い、体を動かす遊戯やゲームに興じるのも楽しいですね。
 ところで大切な『お金の話』ですが、入居利用に掛かる費用は原則本人(又は子息、親族など)負担です。
 日本では国とか市とかの補助もある様ですが、我がブラジルでは一応『自分のことは自分でまかなう』が原則と考えましょう。目安としては現在の標準で5千レアル/月~6千レアル/月ぐらいになると思われます。

みんなニコニコさくら苑

日本の老人ホームの様子

日本の老人ホームの様子

 この『さくら苑』開設は用地の主である文協にも良い効果をもたらします。
# この『国士舘』の用地は広大な為、その保全、維持のために相当な費用が掛かっていました。収入はまずないので、経理上、収支は毎年赤字で『文協のお荷物』と言われていたのです。それがここでさくら苑が出来れば用地を活用でき文協の負担も軽減することになります。土地を託した日本の国士舘大学も『それはよかった』と満足することでしょう。
# 文協の正式名称は『ブラジル日本文化福祉協会』です。元々は『文化協会』だったのですが、福祉団体となれば種々の税の減免など恩典が受けられ、協会の財務上有利になるということで『福祉』の文言を付け加えたのです。
 カラオケに会場を貸してその使用料を貰い、それで文化福祉団体とは一寸説明に苦しむところでしたが、本来政府がやるべき『老人の世話』をするとなると、これは『福祉』の名前が立派に生きてくることになります。
 さて、肝心の『さくら苑』の入居者はあるか、ですが、これは十分にあります。
# 上述の様に今は60歳―70歳代の人達に経済的余力のある人が多い。まず、ある程度の年金収入があります。更に不動産の一つや二つを持っていてそれからの家賃収入もあれば、入居料は十分に払えます。毎月は面倒だという人は不動産を売却し、その代金を入居料にあてることも出来ます。今の家が百万レアルで売れたとしたら、さくら苑に十数年は住める計算になりますね。
# 入居料を息子(や娘)が払ってくれると言うなら、これは言う事なし、万々歳です。しかし今は核家族化がすすみ、息子は息子で自分の家庭がある、一方親の方も『自分のことは自分で始末したい』あまり子供達に迷惑を掛けたくない、という考えが強まっています。
 たまたま子供に恵まれなかった、あるいは子が親の面倒を見きれないというケースもあります。この人たちは何時か誰かに頼りたい、なおさらこの自己完結型が必要になって来ます。
 戦後にブラジルに来た日本人(の生き残り)が数万人、ブラジルで生まれたが日本語環境で育ってきた人達が数万人、合わして十万人弱の日系高齢者が居ます。
 この中、1%が老人ホーム利用需要者としても、一千人になります。さくら苑が幾つも必要な数で、老人ホームの経営が十分に成り立つ事になります。
 さくら苑が出来て日系社会には有難い。文化福祉協会も遣り甲斐のある事業が出来て嬉しい。政治家のはやり言葉で言えば『貴方も私もウィンウィン』関係者は皆がニコニコとなります。

戦って来た人達に安らかな老後を

 今老熟期を迎えた人達は戦後の混乱期を、よりよい未来を夢見て一生懸命生きて来ました。苦難を乗り越え、全力で戦って来たのです。
 いま、年を取って心身の衰えも感ずるこの頃、後は穏やかで幸せな老後を過ごしたい、と望んでいます。
 何とかこの老戦士の願いを叶えてやりたい。そして『やっぱりブラジルへ来て正解だった』と満足できる暮れの時を迎えて貰いたい。そうしたいのです。
 この望みは皆が力を合わせてやれば出来ることです。元気を出してやりましょう。- DEUS NOS ABENCOE !
    ◎
《付記》紙面の都合上、これの建設資金に関する記述を省きました。日を改めて皆様とご一緒に考えていきたいと存じます。只単に、『金を出せ』でなく、「施設に出資を願う方式」「企業からの寄付は支払うべき税金から差し引く方式」「日伯の公共機関からの協力を得る方式」など、色々なやり方があると思われます。皆様からもよい案をどしどしお寄せ下さい。