「どうしたら日本文化の継承・普及がブラジルで進むか」――。来年、日本移民110周年を迎える機会に、その戦略を考え直すべきだと常々考えている。戦前から日本語教育が唯一にして最大の継承・普及方法だった。
80年代から日系社会内ではカラオケが爆発的に広まり、一般社会では大人向けに日本食ブーム、青年らにはマンガ・アニメブームが起きて、それが日本語教育の追い風になった。でもその間、一世の高齢化と共に邦字紙読者は減り続けて、コロニアの勢いが弱まったことは否めない。
この間の動きを俯瞰していえるのは、かつてコロニアは日本語世界を中心に動いてきたが、2000年頃からポ語世界に軸足が移り、現在では完全にそちら側に移行した事実だ。
日系団体の会議を見たら分かる。一部には日本語が残っているが、いわゆる「文協」と言われる組織は地方/中央を問わず、ほぼポ語世界だ。
つまり日系社会はポ語世界が中心になった。にも関わらず、邦字紙で長年報じられてきた日本の政治や経済、文化、歴史に関する情報は、ポ語ではあまり報じられていない。つまり日本語で熱く議論されて来た内容がポ語で伝わっていない。
それどころか、90年代前後に生起したポ語のコミュニティ新聞や雑誌、テレビ番組は08年リーマンショック後にほぼ絶滅してしまった。残ってはいるが、少ない。ポ語で日本文化継承・普及を図るには、圧倒的に日本に関する情報量が減っている状態だ。
日系人が一つの独特な価値観、世界観を形作るには、日本に関する膨大な歴史や文化に関する情報が伝わらないと薄っぺらなものになってしまう。薄っぺらでは面白くないから、どんどん縮小していく悪循環におちいる。
たとえば日系人が継承するべき特質とは何か―と言った時、多くの人は口を揃えて「真面目さ、勤勉さ、誠実さ」という。
では「勤勉さ」一つを説明するのに、二宮尊徳が荒れ地を田畑にこつこつと変えていった逸話、松下幸之助が「日本はよい国である。自然だけではない。長い歴史に育まれた数多くの精神的遺産がある。その上に、勤勉にして誠実な国民性」と言った意味などを、二世が幾つもならべながら丁寧に次世代に説けるようなポ語情報がちまたに溢れているだろうか。残念ながらそうではない。
「金持ちが天国にいくのは、ラクダが針の穴を通るより難しい」と聖書に書かれているように、かつてカトリック世界において「お金を稼ぐ」ことは欲につながることであり、奨励されなかった。だがカルバンが「勤勉に働き、富をたくわえることが神の心にかなう」と宗教改革をしたことで、現在の資本主義につながる勤勉な精神性がキリスト教世界に生まれたという。
では二宮尊徳とカルバンの勤勉さは同じなのか、違うのか。どう違うのか。そのような東洋と西洋の違いを議論するようなことが、日常的にポ語で行われることが日本文化の普及には欠かせない。でも二宮尊徳、松下幸之助に関するポ語情報はごくわずかだ…。
現在の日本に関するニュースはもちろん、日本史や経済に関するポ語情報をたくさん提供しないと、ポ語世界で生きる若い世代の日系人、ブラジル人を日本文化に引き寄せることはできない。そのためには邦字紙や関係企業、日系代表団体が分担して、各分野のポ語情報を発信して行くことが大事ではないか。
日本文化の継承・普及戦略の粗筋を考えるにあたって、比喩として戦術的な用語を使ってみたい。
日本に関するポ語情報をSNSやインターネット、書籍などの形で大量にばら撒いて若い世代を幅広く惹きつけるのを「序」(空中戦)とし、ジャパン・ハウスや日本語学校、日本文化講座などの各種施設で実際に対面しながら学んでもらうのを「破」(地上戦)、日本文化を学んだ新世代が〃援軍〃として日本文化を普及する側に回ってもらう「急」最終段階を次回から説明したい。
日本国外務省から進出企業、日系社会までが手を取り合って取り組める統合戦略を考えてみたい。(つづく、深)