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どこから来たの=大門千夏=(8)

 しかし、今はそんな花の命を見ると心が痛む。生と死とを神経質にとらえるような年になったからだろうか。
 それにしても、咲ききってしまった花に愛着を持つなんて…こんな事を感じる年になるまで、生きながらえた自分を、かつて想像したことがあるだろうか。
 昔、昔の事。
 ある日、夫は外出から帰ってくると「ほうら」と言って握りこぶしを差し出し、そしてゆっくりと指を開いた。
 大きな手のひらの中に雑草が数本、その草の先に小さな小さな黄色の花がついていた。
「道端に咲いていたんだ。きれいだろう」と言いながら私の手の平に載せてくれた。
「美しいだろう。ね、みえる?」五㎜くらいの花なのに、虫眼鏡で覗くとそこには花のミニチュアが並んでいる。花弁も、がくも、おしべ、めしべ、何もかもちゃんとそろっているではないか。小さいというだけで誰からも顧みられないが、大輪の花と同じように清々しく気品すらあるのだ。
「わああ本当ねえ」私は心から嬉しい顔をした。
 それからというもの夫はたびたび野の草を摘んできてくれた。
「美しいだろう、かわいいだろう」というのが口癖。
 しかし私は次第に機嫌が悪くなってきた。…時には大輪のバラでもプレゼントしてくれたらいいのに…感じたのか、夫の「花のプレゼント」は遠のいていった。
 今、道端の小さな花に心を注いだ夫はすでにいない。あれから四〇年以上もたったのだ。体力の衰えた今、いつの間にか私の好みは変わってしまった。
 夫の好きだった地味な、目立たない花に引かれるようになった。赤、紫、黄、水色などの小さな花が手のひらにおさまる。いくら摘んでも重いということはない。愛らしく、かわいらしく、こんな花にいとおしさすら感じるようになった。
 小さなコップに生けて食卓に置く。食事をしながらじっと見つめる、話をする。年老いて小さき者に、誰からも相手にされない生き物に、心を寄せる自分を見つけて、驚くとともに幸せな気持ちになっている。(二〇一三年)

僕は税金を払いたい

 結婚して二年目。初めて家を買った。ローンの支払いで生活に余裕はなかったが、精神的には落ち着いた日々であった。
 夕食後、夫は何時になく神妙な顔をして、
「良き市民というものは必ず税金を払うものだ」
「ん…?」
「僕はこの国に税金を払っていない…払わなくてはいけない」
「ん…?」
「すなわちだ。僕は税金を払いたいのだ」
「…ナンデー?」
「あたりまえじゃあないか、誰だって払う義務がある。」
「この位の収入で税金なんて払う事ないわよ」と、つっけんどんに言う私。
「商売人の子はこれだからケシカラン。だから僕は商売人は大嫌いなんだ」私の父の悪口まで言っている。
 こんな貧乏生活で税金を払うだって、サラリーマンの家で育つとこんなバカな事を考えるのだろうか…呆れて返事の言葉もない。
「君は社会のありようが何もわかっていない」夫はそう言って断固として譲らない。