2018年は大統領選挙の年――。独断と偏見による激論で、ブラジル社会翻訳面記者と編集長が紙上座談会でズバリ勝敗を占った。ラヴァ・ジャット作戦が進展する中で、2015年末にはジウマ大統領の罷免審議がエドゥアルド・クーニャ下院議長(当時)によって始められ、2016年8月には罷免が決まり、テメル大統領が就任。その後は当のクーニャ議長が汚職疑惑で辞めさせられ、逮捕されたため、ロドリゴ・マイア下院議長が就任。そして2017年5月にはJBSショック、8月からはジャノー連邦検察庁長官(当時)による大統領告発2連発と、ブラジル近代史に残る大政変が次から次へと起きた。息継ぎする間もないような激動の大波をかぶり続けてきた数年だった。そんな中で迎える新年の大統領選挙で、国民は誰を選ぶのか?(※17年12月12日に座談会実施。その後、適宜修正し、最新情報を補足した)
ルーラか、はたまたボウソナーロか
【深沢】ずばり、座談会のテーマは2018年大統領選です。いま現在では正直言って、展開が全く読めないということを前提に、言いたい放題、あらゆる可能性を討論しましょう。
【沢田】本当に、その時になってみないと分からないですよね。
【深沢】どうでしょうか? まず、沢田君。
【沢田】ルーラじゃないっすか?
【深沢】(のけぞって)ルーラ!? おーっ。のっけからそうきたか。
【沢田】もう、法的に(彼の出馬を)止められない気がして。
〈※労働者党(PT)創立メンバーの一人で労組たたき上げのカリスマ政治家として、根強い人気を誇るルーラ元大統領。でも、数多くの汚職疑惑を抱えており、その内の一つは1審で有罪判決を受けている。新年1月の2審判決でも有罪になると、原則として出馬できなくなるが、本人は上告を繰り返して選挙戦を戦い抜く意向。〉
【深沢】あー、なるほどねー。大胆な意見だなあ。でも数字から見たらその通り、彼こそがまさしく本命だよね。
で、鈴木デスクはどうですか?
【鈴木】ルーラはありうる筋書の一つ。ただ、実際に当選しても認証される前に、司法でストップがかかるかどうか。やっぱり、そこが未知数ですよね。
ちなみに本紙17年12月5日付で報じたように、ダッタフォーリャ社が11月末に行った18年大統領選に関する最新の世論調査では、左派候補ルーラへの支持率が34%と圧倒的優位で1位。「今選挙をやったら間違いなくルーラが大統領」という勢いを見せていますね。
2位が極右候補のジャイール・ボウソナーロ氏の17%、3位がマリーナ・シウヴァ氏(レデ)で9%。4位はジェラウド・アウキミン・サンパウロ州知事(社会民主党・PSDB)とシロ・ゴメス氏(民主労働党・PDT)が6%で並びました。
参考までに、メンサロン裁判で一気に人気が出た元最高裁長官ジョアキン・バルボーザ氏は5%で6位、エンリケ・メイレレス財相(社会民主党・PSD)はわずか1%でした。
【深沢】井戸君は?
【井戸】ボウソナーロ(キリスト社会党・PSC)じゃないかと思います。
【深沢】(再びのけぞって)でた―っ!!! ボウソナーロ。みんな凄いところ攻めるねぇ。
【井戸】今の世論調査を見るとしょうがないですよね。無視は出来ないです。あと、少し座談会を盛り上げないと(笑)。
【深沢】そうそう盛り上げないとね。その気持ちは嬉しいけど、かなり、悲観的な予測だねえ。は~っ。(ため息)
【井戸】もちろんそうなって欲しいわけじゃないですよ。あの暴言王が大統領だなんて、本当に嫌です。でも最近の世論調査の数字はやはり侮れないんじゃないかなと。
私たちはボウソナーロの事を甘く見すぎている気がして…。差別主義者で、国粋主義者ですけど、世論調査の結果がかなり高いじゃないですか。2016年のアメリカの例もあるし…。
【沢田】でもね、あの世論調査で、確かにボウソナーロの支持率はルーラとならんで高かった。けど、「仮にルーラ抜きだった場合はどうしますか?」で調査した場合、唯一全く支持が増えなかったのがボウソナーロなんだよ。
【鈴木】彼を1番手として支持している人は、たしかに多い。でも、今は他の候補を支持しているけど、その候補が決選投票に進めなかった場合に、ボウソナーロに入れようという人は多くない。
【井戸】決選投票で弱いんですね。
【沢田】それだけじゃない。彼の支持層を切り崩そうと、これからPTなんかは物凄いネガティブキャンペーンを打ってくる。彼は高い支持率を出すタイミングが早すぎたんだ。伸び代はないよ。
【井戸】じゃあ、安心してもいいのかなぁ?
【沢田】もちろん、選挙は何が起こるかわからない。これから投票日まで、まだヒト波乱、フタ波乱あると思うよ。
アウキミンの可能性は?
【深沢】そしたら、ボクの予想が一番中道だね。座談会的には、つまんないかも(笑)
【一同】誰なんですか?
【深沢】ボクの予想は、民主運動党(PMDB)とくっついたアウキミン現サンパウロ州知事(民主社会党・PSDB)。
【井戸】ほー、その展開ですか?
【深沢】うん、今の流れだと、PSDBはテメル政権の連立与党から離脱して、PMDBとは袂を分かつと言っているけど…。
【井戸】そう見えますよね。
【深沢】でも、すったもんだして最終的には、「やっぱり、PSDBだけじゃあ選挙に勝てないよね」という当たり前のことに気付いて、「やっぱPMDBとくっつくか」というところで落ち着く気がする。それならPTに対抗できるし、勝てる可能性が出てくる。
アウキミンも単独で選挙を戦って、勝てる可能性は高くないと重々分かっている。PMDBとくっつけば勝てる確率はかぎりなく高い。
【鈴木】というか、民政移管後、歴史的に見てもPMDBは基本的に与党でしたよね。
【深沢】そうなんですよ。政権の表舞台に立つのは、エリートだとかカリスマ性があるような、政治家として見栄えのするPSDBやPTの議員。でも、実際に舞台裏を支えてきたのは、泥臭い黒子集団PMDB。水面下の政治交渉の汚い部分を得意とする議員が多い印象が強いよね。
あとPMDBはノルデスチ(北東伯)などの地方部の貧困票を圧倒的に抑えているから、サンパウロ州中心で大都市部の中産階級を支持層とするPSDB、労働組合や社会運動組織を支持母体とするPTとは補完関係にある。
PMDBからみれば、どっちと組むかを決めることで間接的に大統領を選んできた部分がある。
【鈴木】そう。だからジウマ政権からPMDBが離脱した2016年3月に、一気に政局が流動化したんですよね。彼らが離脱しなければ今でもジウマ政権は続いていた可能性があります。
【深沢】PMDBがPSDBとくっついたから、ジウマは倒れたわけでしょ。「たまには自分で大統領やるか」とPMDBが色気を出した(笑)。
印象の悪いPMDB候補では大統領選に勝つのは難しいから、大統領を罷免できそうなときだけ、副から昇格して大統領になる。コーロル罷免で昇格したイタマル・フランコもそう。
連邦議会で最大勢力をほこるPMDBなくして、議会運営はままならない。今回も、ルーラに対抗するには組むしかないと、裏では両方とも考えていると思います。
ただし、汚職イメージが強いPMDBと組むことに否定的な若手勢力がPSDBにはかなりいる。彼らが「それなら組むしかない」と納得するようなことが、新年7月頃までに起きたら政局は一気にそっちへ向かう。
【鈴木】12月9日のPSDB党大会の後、アウキミンは現政権に対してあまり批判的な発言をしなかったのは、その布石でしょうか。
【深沢】でしょ?
【沢田】含みを持たせましたよね、あれは。
【深沢】一応連立与党を離脱するとは言っているけれど、選挙で組まないとは言っていないという、なんか微妙な距離の取り方がねえ。
【鈴木】その辺が、PMDB側の人間が、「PSDBは連立離脱と言った場合に、来年の選挙はどうなるか考えるべきだ」と言った流れですよね。
【深沢】だから、良いとか悪いとか、汚職が酷いとか潔癖だとか、そういうまっとうな論理で政治家たちは判断していないと思います。
【井戸】少しはしてくださーい!(悲鳴)
【深沢】やっぱり「選挙で勝てるかどうか」っていう一点。だってPSDBはまだ閣僚を政権に残しているでしょ。〃蜘蛛の糸〃は残しているわけだよ。完全に切るんだったら全員引き上げるけど、PMDBとのホットライン(直通電話)は残しておこうっていう感じなのかな?
【鈴木】今日(12月12日)のエスタード紙は「PSDBから2人の閣僚離脱(編註=ブルーノ・アラウージョ元都市相、アントニオ・インバサイー元大統領府事務局長官)が起きた時点で、連立離脱は起きたんだ」というアウキミン新党首の言葉を掲載していますが、この言葉をどう受け止めますか。
【深沢】だから、そういう風に見せかけているんだと思いますよ。
【井戸】誰に対してですか?
【深沢】PSDBとしては、その方が有権者に対してカッコがつく。パウリスタ大通りの抗議行動でもPMDB議員がよく標的になっていた。抗議活動に積極的に参加するような中産階級、サンパウロ州を中心としたPSDB支持層は、汚職議員を嫌う傾向が強い。
【鈴木】それを受けて、PSDBの中で「連立離脱をしなきゃだめだ」と言っている若手を中心としたグループが出てきている訳ですよね。
【深沢】だから、そこへの対応として「一応PMDBと手を切ろうとしてみました」というポーズをここでやっておく。
で、しばらくしたら「やってみたんだけど、どうもうまくいかなかった」と、知らん顔してまた手を結ぶ。
【井戸】最初から新年は一緒に選挙を戦う腹なのに、「もう一緒にはやれない」と怒って出たふりだけして、「でも現実を考えたら共同で選挙を戦うのが次善策だよね。分かるよね」ってことですか。
【鈴木】でも建設会社幹部らの司法取引で、サンパウロ州のメトロ工事でも汚職疑惑証言が出てきたりして、ちょっと暗雲が立ち込めてきた感じがあります。正直言って、アウキミンもまだ分かりませんね。
メイレレスは勝てるか
【深沢】PSDB前党首のアエシオ・ネーヴェスは、こないだの党大会で散々罵声を浴びて、5分くらいしかその場にいなかったんでしょ?
ジャノー長官の汚職告発を受けたアエシオの上院議員資格はく奪騒動でも、PMDBとセントロン(クーニャ前下院議長が作った超党派グループ)に守ってもらったようなアリサマ。
アエシオはPMDBとベッタリな感じが露骨。だから若手からすると、あれが党首では選挙を戦えないというムードは当然なんじゃないかな。
その点、アウキミンはPMDBと適当な距離感を保っている。だから「アウキミンぐらいだったら良いかな? 実績もあるし」って。その辺が一番あり得るパターン。
【沢田】確かにね。セントロン系では、誰も大統領選の候補として出せないでしょ。
【深沢】セントロン系のセンセイ方は見事にね、悪役レスラーみたいな人が多くて…。見かけから喋り方まで。
【鈴木】(苦笑)
【沢田】あと、どんなに経済が回復しても、メイレレス(現財相)って勝てそうな気がしないんですよ。
【井戸】すみません、質問なんですけど、PSDBとPMDBって言ったら、低い支持率を〃誇る〃現政権の信任投票みたいな感じがしてしまうんですけど。それは大丈夫なんでしょうかね?
【深沢】今の政権支持率って最低だけど、それは今の図式ではPMDBが表に出ているからという部分があるよね。
【井戸】テメル大統領がPMDBだからだと。
【深沢】PMDBが表に出ている状態では政権支持率は低い。でも今度はPSDBのアウキミンが前に出てPMDBが裏に回って、通常のスタイルになった時には、それなりに支持率が回復する可能性がある。アウキミンは全国的な知名度こそないけど、サンパウロ州では圧倒的だからね。
【沢田】それに経済の回復が伴えば、その傾向はなおさらだよ。
【深沢】そうそう、まさにそこ。なんといっても経済だ。よく言われるけど「大統領支持率と経済数値は比例する」って。
ただ、財政を改善するための社会保障制度改革が、難航しているのが痛いね。下院の承認投票は新年2月のカーニバル以降になった。これに対して市場はどう出るか。
【井戸】株もレアルも下がりますよね。きっと。
【深沢】そして金利は上がる方向へ。社会保障制度改革を求めていたマーケットから見捨てられたら、そっちの方へ行かざるを得ないよね。
わずか3%の支持率がさらに落ちて、本当の意味で「誰からも支持されない政権」になってしまうかも。そうなったときにようやくPMDBやセントロンが譲歩して、PSDBとくっつく条件が出てくるかも。
ここで社会保障制度改革をやれずに、国の財政健全化への道筋をつけられないと、数年先に…。
【鈴木】破綻です。
【深沢】ここ数年急に増えてるんですよね。政府の負債って。この勢いで増えていったら、確かにキツいですよね。
【鈴木】ブラジル社会が長寿化しているのに、これまでと同じ条件で年金受給する人が増えていったら、当然政府の負担は大きくなります。
【深沢】特に公務員を中心とした、凄い額の年金を貰っている皆さんを何とかしないと…10年持たないでしょうね。
【鈴木】元公務員の年金生活者が増えた要因はPT政権ですよ。ルーラのときからずっと公務員が増えていますから。今回やっと出口が見えてきた不景気の原因もルーラ政権。政府の年金負担が雪だるま式に膨れ上がっているのもルーラ政権が原因です。
【深沢】公務員年金も公務員の数自体も減らしていかないと…。テメルがそこまでやれたら彼は歴史に残る大統領ですよ。
【井戸】ええっ? あんなに不人気なのに?
【深沢】歳出上限法、労働法改正は実行済み。これだけでもすごいけど、さらに社会保障制度改革と公務員の大幅削減までやった日には、もう近代史に残る英雄だね。「こんなに仕事した大統領は他にいない」って後世の歴史家は評価するよ。
ただし、「仕事はしたけど、汚職も」っていう…、ブラジル的に評価の高い大統領って感じかな。ヴァルガス大統領だって、いまだに人気は高いけど、いいことばかりやったわけじゃない。
【鈴木】そういう意味では、公務員の自主退職を求める暫定令をテメルは出しましたよね。あまり応募者がいませんけど。
【深沢】サッカーに例えるとロマーリオやエジムンドみたいな。品行方正ではないけれどプレーは凄い。エジムンドなんか交通事故で人を…。
【井戸】深沢さん! それ以上言ったら危ないです!(汗)
【深沢】おっと、でもそれ(完璧じゃないけど、功績もある)ってブラジルでは許されるんだよね。テメルも支持率は最低だけど…、だからこそ出来るってことがある。
【沢田】社会保障制度改革に、公務員削減をやります! なんて言って投票してくれる国民なんていないですよね。
【井戸】テメルはちょっとイレギュラーな形で大統領になってしまった。それに次の大統領選に出る気はない。
【深沢】次の選挙の心配をしていたら、国民にとって「苦い薬」的な政策はやれない。
思えばコーロル罷免の後、イタマル政権でレアルプランが始まって、あれほど退治困難といわれたハイパーインフレをおさめた。彼は選挙で選ばれた大統領じゃなかったからわりと自由にできた面があった。
【鈴木】今のテメルもわりとフリーな立場ですよね。
ジャノーが倒したかったのは社会保障制度改革?
【深沢】でも9月で退任となったロドリゴ・ジャノー前連邦検察庁長官の「2本の矢」(起訴)は痛かったですね。
【鈴木】あれがなかったら、社会保障制度改革は通っていましたね。
【深沢】すごくうがった見方をしたら、ジャノーは公務員全員の味方をしたかったんじゃないか…と思えますね。
【井戸】ええっ? 自分が検察庁長官であるうちに現職大統領に「御用だ!」とやりたかった。そういう功名心からくる、勇み足ではなかったんですか?
【深沢】だって彼(ジャノー)も結局は公務員だから。彼のテメル告発がなければ、社会保障制度改革はとっくに成立していて、公務員を中心に色々な恩恵が削減されていて…。ャノーは結果的にそれを阻止した。
【沢田】結果的にそうなっているよね。巷で言われていますよ、テメル政権をグラグラにしたあのJBSショック。あれを起こしたジョエズレイ・バチスタの件もジャノーの策略だって。
【深沢】「そのまま(賄賂を)続けてくれたまえ」発言の録音テープといい、子分がピザ屋から賄賂入りスーツケースもって出てきて車のトランクに入れて逃げ去る映像といい、流出の仕方が不自然だった。
【沢田】そう、不自然すぎました。
【深沢】だから、その辺に関する冷静な評価が、いずれ出てこなきゃいけない。それをジャノーの後任の検察庁長官ラケル・ドッジがやるのか、その次になるのか?
【鈴木】ジャノーがあの行動を取った動機は、ラケル・ドッジが自分の後任になるのを防ぎたかった、という説(ジャノーの後任の任命権がテメル大統領にあった)もあります。
【井戸】そうかもしれません。でも後にならないとわからない事だらけ。
【深沢】ただ、今のところ、ラケル・ドッジのやっている事は、ジャノーの方針からそんなに大きくはずれてはいないような気もしますね。
【沢田】それよりも11月に就任した連邦警察の新しい総監、フェルナンド・セゴビアのほうがずっとおかしい!
【深沢】就任早々、挨拶で凄い事言っていましたよね。「(賄賂約50万レアルが入った)スーツケース一つ運んだくらいじゃ犯罪とはいえない」でしたっけ? 「それを連邦警察の総監が言うか?」みたいな。
【鈴木】その割には、例のピザ屋からお金がパンパンに詰まったスーツケースを運び出したテメルの子分、ロドリゴ・ロシャ・ローレスは起訴されましたけどね。
【深沢】あれ1回だけでさっさと捕まっちゃって残念でした。もし泳がしといて、何度もやらせて、さらにお札の番号を控えてあるから、テメルの口座に振り込まれるところまで追跡できていれば、テメルは一発アウトだった。とにかくあのドタバタが凄すぎた。
【沢田】5月のJBSショックの前と後では、「世界が違う」って感じ。4月だって経済指標はよくなりかけていた。社会保障制度改革も今よりずっと思い切った内容だった。譲歩しまくっている今の内容より、国民への痛みも国の支出削減幅も大きな改革案が委員会を通っていた。
【深沢】その時にJBSショックが起きたから、「あっちゃー、やっぱりブラジルは…」ってなっちゃった訳ですよね。あの4月の経済上向きの雰囲気と、今って似ていませんか? だからちょっと怖いよね、今も。
【井戸】今は経済基本金利が最低水準の7%、インフレもすごく低い。3四半期連続のGDP成長。それを台無しにするようなってことですか?
【深沢】ジャノーが退任したから、大きな告発を仕込んでいる人が今はいない感じだけどね。
【沢田】これだけ選挙も近くなったら流石にね。
【深沢】ボクは元PTの大物、元財相アントニオ・パロッシが報奨付供述で何を暴露するのかと、いつそれが公開されるのかが、ずっと気になっている。
彼は財相として経済の中枢を握っていた。彼がもし社会経済開発銀行(BNDES)にかかわる疑惑を暴露したら、主要銀行の頭取が一斉に逮捕なんて事もありえる。建設業界に起きたような。そうしたら、金融危機が起きて、もう一回ガックーン!ってなるような気がする。もちろん最悪の場合を想定するならば、の話だけど。今が奈落の底だと思っていたところに、まだ下があった!――みたいな。しかも選挙前とか、W杯前とかにね。
もし金融危機になったら、6月には「W杯で勝たなかったらブラジル再起できないぞ」みたいな緊迫した空気になるよ。
【井戸】サッカーとは全然関係ないのに…。
【深沢】いや、えてしてそういうものだって。
W杯4度目、5度目優勝と大統領選に関係?
【深沢】1994年米国大会だって、軍政終盤80年代からのハイパーインフレによる大不況の真っ只中で、国民のムードは最悪だった。92年末にはコーロル大統領のインピーチメントがあったし、94年にセレソンが優勝したおかげで気分が変わった。
例えばプラノ・レアル(経済政策)が発表されたのは、94年2月。けど、実はインフレは依然として月40%台という最悪の状態を維持した。それが劇的に効果を見せ始めたのは、いつからか知っている?
【井戸】さあ、まさか7月ですか。開幕は6月17日、決勝は7月17日ですよね。セレソンが24年ぶり、4度目の優勝を決めたあの時ですか…。
【深沢】ご名答! それまでは月40%台だったのが、7月には6%、8月に5%、9月には1%にまで劇的に効果を発揮した。
その勢いで10月の大統領選挙では、プラノ・レアルを進めたフェルナンド・エンリッケ・カルドーゾ(FHC)財相が大統領に当選した。因果関係はまったく分からないけど、タイミング的にはそうなっている。
【井戸】そんなものまでセレソンに背負わせるんですか? 言ったら「たかがスポーツ」ですよ。
【深沢】で、5回目にセレソンが勝ったのは?
【井戸】2002年日韓大会で5月31日から6月30日です。
【深沢】その頃から大統領選が始まって10月に投票。FHCが後任として推したジョゼ・セーラ(PSDB)候補とリタ・カマタ(PMDB)副大統領候補は、ルーラに負けた。翌2003年1月に民政化初の左派PT政権が始まるという大きな節目になった。
で、ルーラは第1期政権中にPMDBを与党に加えた。つまり、PMDBがPSDBを捨てた。セレソンが勝つと政治的に大変化が起きる感じがしない?
【井戸】えっ、じゃあ、FHC政権はW杯優勝で始まって、次の優勝で終わったワケですか。
【深沢】そうなんだ。だからその流れを見ると、優勝が現政権に有利に働くという単純な因果関係ではないと思う。
長期的な不況によって民衆の心にふつふつとたぎっていた「マグマ」に火をつける効果があるような気がする。国民の多くが感じている曖昧模糊とした「気分」に、セレソンの優勝が勢いをつける、背中を押すような感じじゃないかな。
だから、その時に政権に対する不満が高まっていれば野党の方に勢いがつく。
【鈴木】なるほど。たしかにFHC第2期政権中は経済的に厳しいことが続々と起きたから、国民に不満が溜まっていたんでしょうね。「それならルーラに賭けて見よう」という機運が盛り上がっていた。
1997年のアジア通貨危機、98年のロシア危機の影響を受けて、98~99年にはブラジルでも通貨危機が起きました。プラノ・レアルでは「1ドル=1レアル」を堅持していたけど、アジアとロシアからの悪影響で、ブラジルは為替安定が難しくなりました。
トドメが、99年1月6日にミナス州知事が出した対連邦債務のモラトリアム(返済停止)通告。これを受けて、国外投資家が資金逃避を本格化させ、ついにブラジル政府は1月15日には「変動相場制」移行を正式発表しましたよね。
【深沢】その後も下落が続いて、3月には1ドル=2・15レアルまで下がった。たった3カ月でレアルの価値が半分になったわけだ。ひどいよね。
【鈴木】それでもFHC第2期政権は4年間で国内総生産の成長率は合計9%。FHCがえらいのは、この間に各種改革を実施して、後に経済成長をする基盤を整えたことですよね。
それがあったからこそルーラ政権ではバブル成長が実現できたわけですし。最初の4年間で14%成長、次の4年間でなんと18%成長。途中リーマンショックを挟んでの数字だからスゴイ。
【深沢】ブラジルが経済的に困窮するとセレソンに期待が集まり、優勝したら国民の「気分」に勢いがつき、それが政局まで動かしているような感じありませんか?
【鈴木】ちなみに前回、2014年W杯ブラジル大会(6月12日から7月13日)は、ラヴァ・ジャット作戦(同年3月開始)が始まった直後でした。
【深沢】あの時は出だしから雰囲気が悪かった。前年2013年6月のコンフェデ杯の時からの抗議運動が本格化した。ジウマが訪日をドタキャンしたりしてね。
【井戸】14年の本番でも期待の星ネイマールが怪我、さらには屈辱の1―7みたいな負け方をしましたよね。
【深沢】経済がすでに悪化していたにも関わらず、ジウマは統計数字を操作して大統領選挙の後まで隠し通した。だから国民はそんなに悪くなっているとは知らずに、ジウマをギリギリ当選させた。でも、当選後すぐに実際の数値はとんでもなく悪いというのが明らかになり始めて一気に支持率が下落した。
もしも本当の数値が選挙前から発表されていたら、「国民のマグマ」はセレソンの屈辱的な負けに反応して、ジウマを落としていたと思うね。
でも1―7敗戦の強いストレスがあったから、「国民のマグマ」は反PTに向いたまま変わらず、デモが頻発して徐々に追い詰められていった。
「国民のマグマ」の温度の高さを一番敏感に感じ取ったのがクーニャ下院議長(当時)。彼がジウマ罷免申請を受け入れて一気に政局を動かして「政変」にし、PSDBを味方に引き込んでPMDBが政権をとった。
ジウマを罷免して「国民のマグマ」は少し収まっている部分がある。テメルは支持率こそ低いが、経済基本金利を7%まで下げ、株価を上げ、歳出上限法を通し、労働法改革を実現、さらには社会保障制度改革まで手がけようとしている。
【鈴木】まるで、ルーラに政権を渡す前のFHCみたいな役をやっているように見えますね。
ところでロシアW杯で、もしセレソンが優勝したら政治経済にはどんな影響があるんでしょうか。
【井戸】今年のW杯ロシア大会は、チッチ監督が堅実なチームを作って、いいとこまでは行くでしょうね。優勝も十分、射程範囲かと。
【深沢】いま国民の心にモヤモヤしている「マグマ」といえば、ラヴァ・ジャット作戦の汚職政治家ではないかと。
【沢田】選挙のときに有権者がラヴァ・ジャット作戦で疑惑がもたれる政治家を意識して、一斉に政界から大掃除してくれると良いですね。〃しつこい汚れ〃をジェット水流(ラヴァ・ジャット)でキレイさっぱり(笑)。
【深沢】ああ、いま自分で言って後悔した。ちょっと楽観的過ぎる予測だなって。ブラジルは簡単に改心しないよね。
【沢田】そうそう。PMDBを中心とする連立与党勢力が、テレビの政見放送の時間枠を全体の4割を占めていますから…。きっとテレビではキレイごとばっかり並べて、多くの国民はすっかりラヴァ・ジャットを忘れて…。
【深沢】北東伯の票って固いからね。汚職がどうとかで左右される票じゃないんだよね。
【井戸】少しは左右されてー!(悲鳴)
【沢田】せめてリオ州ぐらいは〃大掃除〃がおきて欲しいですね。
【深沢】はい。我々ガイジンは投票できないのが残念ですが、せめて期待はしましょう。