掌を上に向け手先を動かしてこちらを呼んでいるため、米兵だと気付いた。八郎が半沢さんにぴったりと体をくっつけた。「走るぞ!」という掛け声とともに逃げ始めたが、途中で八郎が恐怖のあまり泣き始めた。
「いつ撃たれるか」と恐怖しながら、真っ暗な薮の中をめちゃくちゃに走り逃げ、疲れて進めなくなったところで寝てしまった。
朝起きると兵隊の欠伸の音や会話が聞こえた。闇雲に走ったため、あまり遠くまで進んでいなかったようだ。空腹を感じた半沢さん達は持っていた牛乳の缶を飲もうと取り出した。死んだ母が「死ぬ時は皆で飲もう」とずっと持っていたものだった。
米軍の飛行機や輸送機の騒音を利用し、大きな音をたてないように近くにあった板を打ちつけて缶を開けた。
牛乳を分け合った後も隠れ続け、日中は疲れからか寝てしまっていた。夕方にはテントがなくなっていた。
◎
半沢さん達は森の中の洞窟に戻った。しばらく洞窟の中で過ごすつもりでいた。
洞窟からさらに下ると谷の底に着き、川が流れている。そこで汲んだ水で塩入の米を炊き、朝昼晩食べた。猿が落とした果物や、近くにあった原住民の畑に残っていた芋やその蔓も食べた。
些細な物音にも敏感になり、怯えながら隠れ続けていた。
「終戦の前かと思うんだけど」と半沢さんが回想する――洞窟内で過ごしていたある日、母が死んだときのように、胸騒ぎを覚えて眠れなくなった。誰かに覗かれているような気持ち悪さを感じ、何度か洞窟の外に出て確かめた。
最後に確認して寝ようとすると、「なにか食べ物はないか」と2人の日本兵が入って来た。食べ物を差し出すと、「もっとないか」と明日のために用意した分まで全て平らげてしまった。それから兵隊たちも洞窟で過ごすことになった。兵隊らが持っていた食糧は少なく、一緒にいる間は半沢さん達のものを食べていた。
兵隊の片方はミノルさんといい、腕に火傷を負い、松葉杖をついて歩いていた。火傷の水ぶくれに金蝿が卵を産みつけ、蛆虫が肉だけ食べている。骨や筋、血管だけ綺麗に残っており、大分日が経っているようだった。ミノルさんは痛みのため、夜眠る間もうなされていた。
もう一人の伍長階級の兵隊が「虫を取ってやれ」と半沢さんにピンセットを渡した。半沢さんは言われた通り、肉に食いついた蛆虫を一匹つまみ、引っ張った。
しかし、力強く肉に食いついていて離れない。ミノルさんが痛みで大きい唸り声を上げた。焦った半沢さんは必死に蛆虫を引っ張ったが、蛆虫の体の方が千切れ、ミノルさんの腕には食いついた頭が残ってしまった。
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次の日起きるとミノルさんは死んでいた。
死亡を確認した伍長は「人間の肉は豚肉のようで美味しいと聞いたことがある。試してみよう」と半沢さん達を誘った。
断ってもなにをされるか――半沢さんたちはしかたなく後に従った。(つづく、國分雪月記者)