「あらっ! んまあ、あなた」母はびっくりして、次の言葉が出ない。
「良い奴だった。一緒に酒を飲んだ」ニコニコしてうれしそうに話す父。
「えっ、病院でお酒を飲んだのですか」
「あさって退院すると言うておった。ああ、その前に、お前に話があるから来てくれと言った。話がすんだらすぐに退院手続きをするように」
父は手短に話すと、又いつもの仕事着に着かえて煙草を吸いながら母屋の前にある店に行った。この事件には興味半分、心配半分の野次馬客が五?六人、父の帰りを待っていたのだった。
一体父はどうやってやくざと話を付けたのだろうか。どんな話題を出し、どのように話を持っていったのか誰も知らない。あの表情は心から楽しかった満足の笑みだ。誰とでもすぐに友達になる父、どんな職業の人の心も簡単に解きほぐしてしまう術、とりつくろわず、格好つけず、いつも地のまま。あれは持って生まれた性格、才能というのだろうか。
それとも、健康な男がひと月以上もベットに寝ている事は退屈極まりないし、病院食ばかり食べる事にも飽きが来た頃だったのか。それを父はじっと待っていたのだろうか。
翌日「気の変わらないうちに」と母は早朝出掛けて行った。帰ってくると、「あきれたわ、あのやくざ、なんといったと思う! あんたは実にええ女房じゃ。結婚前の娘が二人いるそうじゃが、あんたを見込んで、ワシがぜひ婿を世話してやりたい。組の中に年頃のええ男がおるから、そいつをどうしても世話したい。退院したらさっそく見合いの日を決めたいから」と真面目に話したそうだ。
これには母は仰天し、父も仰天した。
「やくざに結婚話を世話してもらったか」一難去って、又一難。
相手の自尊心を傷つけないように、親切を上手に断わったのは、やはり父だった。
「わしゃああんたが気に入ったわい」とやくざは盛んに言って「ついては組員の中に年頃の男がいるから、是非あんたの娘のために一肌ぬいでやろう」とひつこく言ったという。
「冗談じゃあありませんよ」と母はものすごい剣幕。
「うん。わしも断ったがえらい気に入ってくれて、ともかく是非というておった」
その後まもなく男は退院して、何度も父に縁談の話をし、だめだとわかると、「まことに残念至極。組には完璧な若い衆がおりますのに」と言ったそうだ。やくざの完璧な男とはいったいどんな男だったのだろうか。
それからというもの、どれだけ外車で走っても、やくざに付け回される事は無くなった。
(二〇一五年)
どこから来たの
「子供は苦手」と言うこの私にも孫の世話をする時が来た。
初めて見る孫は丸々と太って二重三重顎の奥にやっと首がある。鼻が頬の間にうずもれ、赤いつやつやした鼻先が真っ白い頬の間にあぐらをかいている。黒々としたアーモンド型の大きな目はまるで宇宙人そっくりで艶のある光を放っている。
初めて嫁が妊娠したことを知らされた時から、私は毎日「深い霊魂と高い精神を持った子が産まれますように」と祈った。そうして初めて赤ん坊に会った日、すぐに話し掛けた。