私が子供の頃は「日本人は頭が良い」と聞かされ、何となくそう思っていました。そう話した大人たちも、多分はっきりした根拠は無かったが、自分の周辺や外の外国の情報などが十分に伝わらない中で、そうだと思っていたのでしょう。
終戦から昭和20(1955年)年頃までは、一般の日本人が接する外国人と言えば、朝鮮とかシナ(満州)それに南洋の一部の人々、教育の普及していない地域の人たちだったので、それが本当だと思い込んでいたのだと思われます。
日本人の頭が良い例として、たとえば75円の買い物をして100円の札を出す。日本人は暗算して「はい、お釣り、25円」と、頭の中で臨機応変に引き算をして直ぐお釣りをくれる。
ところが『外地』になると、先ず5円札を出して『80円』、更に10円札を出して『90円』。もう一度10円札で足して『はい、100円』とお釣りをくれる、足し算だけなので、時間がかかります。「ガイジンは計算が苦手なんだ」などと言っていました。
読み書きの方にしても、日本にはカタカナ、ひらがな、漢字と3種の文字があるが、これを普通の日本人は自由に使いこなし、精密な科学の話から繊細な人の感情などまで余すところなく表現している。
このように「日本人は偉いんだ。あんたたちもしっかり勉強するんだよ」言われていたものでした。
世界の民族の競演場
そんな『お山の大将気分』だった日本は、米国などとの戦争で国土も、それなりの誇りも徹底的に破壊され、「世の中には俺らより強い国も、頭のよい人間も居るんだ」骨身にしみて教えられました。
そんな戦後の日本から来て見たブラジルには、これは又日本とは違った異質の社会がありました。この国はドイツ、イタリアなどの欧州勢、アラブ系、土着系の人々も多くいる『多民族国家』です。
そういう人たちが渾然となって、より良い生活を求めて競い合っていたのです。まるで「人生の成功」と言う〃金メダル〃を目指す各民族のオリンピックの競演場です。
日本から移住した人たちも、本国からの援助も断たれた状態の中で、自力でガンバッテいるではないですか。「そうだ、こういう所で能力を発揮して、自力で勝ち上がってこそ、その民族の本質、優秀がどうかが分かるんだ」そう理解出来ました。
ブラジル人としての目で見ると、5円、10円、10円と釣り銭を渡す方法も、知らない人同士の間で決済する一番簡単で確実なやり方に見えてきました。
同じ頭の悪さを表現するために、アルファベットならBAKAで済むのに、日本語じゃあ「バカ」「ばか」「馬鹿」と三通りもの文字を覚えなくちゃならない。何と非合理な馬鹿馬鹿しい言葉だ。その時間にもっと他のことを勉強したほうが、ずっと利口じゃないか。こういう日系二世の言葉にも理ありですね。
サンパウロ大学の日系学生
それから20年も経った1970年代、私共の県人会に母県の偉い人が訪ねて来ました。ブラジル在住県人会の長老が話しています。
「いや、ここの日系人は優秀です。ここのサンパウロ州立総合大学(USP)というのは日本で言えば東大で程度が高い。入試が厳しい事で知られています。そのUSPの中でも特に競争率の高い医学部や工学部では日系(二世)が大勢いるんです。学部によっては25%近くも日系学生なんですよ」
これを聞いた母県の人は喜びます。「やー、それはすばらしい。やっぱり日本人の血を引いた子供達は優秀で、そういう有力大学へ入るんですか。これは良いことを聞いた。日本への土産話になりますよ」
県人会の長老幹部は続けます。「ブラジルの人口は1億6千万くらい(当時)。そのうち日系人は130万人もいない、人口の割合で言うと1%弱なんです。それでUSP大学では25%近くも日系学生がいるんですから、これは日系人は頭が良い、日本人の血は素晴らしいということですよ」
母県の幹部は「イヤー、それは立派なもんだ。皆さんも慣れない環境で苦労されたんでしょうが、こうして子弟が皆一流大学を出て社会へ出て行く、将来が楽しみですね」と感激です。
嬉しい話題にみんなニコニコ、乾杯の杯を重ねることになりました。
さて気分を良くして家に帰った私は、当時USP医学部で学んでいた身内にこれを聞いてみました。「確かに医学部には大勢の日系人がいるよ。だけど、日系人が他の人種系(例えば欧州系)より優秀だとかは言えない。頭が良いといえば、これだけの人が集ると、図抜けて優秀だという学生はいる。例えば『肝臓の何々の病変について…』と聞くと、『ああ、それは医学書のどこどこに図解つきで説明がある』と即座に答えが出る。本を開いてみると正にその通りで、まるで医学書のページをそのまま写真で写したように記憶している。(memoria cinematografica)」との話でした。
なお、上に紹介したUSP大学の日系学生の話は「人文研」の宮尾進さんらの研究をもとに、県人会幹部が述べたものですが、説明の中には若干筋が合わない点があるようです。即ちブラジル全人口の中の日系人比率(1%弱)を引き合いに出すよりも、ブラジルの全大学生数に対する日系大学生の数を比較した方が適切です。そうすると日系学生の比率は相当低くなりますね。
いずれにしても、ブラジルトップクラスと言われるUSPの中で日系人の比率が高い事は事実で、一体これは何を意味するのでしょうか。日本人の素質(DNA)が良いせいなのか。あるいは、自分は学校へ行けなかったが、自分の子供には最高学府の教育を受けさせたいとした親兄弟の影響のせいなのか、大いに研究に値するところですね。
東アジア人はIQが高い?
世の中が平和で落ち着いてくると、こういう「金にはならないが、面白い話」を研究する人が増えてくるようです。2015年頃の英国人は調査して、日本、中国、韓国の様な東アジアの人たちの知能指数(IQ 105)は欧州系の人のそれを(IQ 100)を上回るとの研究を発表しています。
また、米国のGAZETTE REVIEWはIQの他大学進学率なども加味した知能指数ランキングを公表していますが、(別表参照)これを見ても、日本を含む東アジア勢が欧州勢を凌駕しているように見受けられます。ただ、これについても色々な見解があり、 # 日本などアジア系は学んで覚える知識詰め込みが多い。
# 欧米系は知識の多さではなく、考える力、創造力などを重視した教育をほどこしている。知能指数(IQ)はテストで知識力を測ることが多いので、IQ表示では東アジア系が上位に現れてくるのでないか、と言われています。
もう一つ、この表には世界の大国、米国、中国などが入っていません。またSTEM=科学、技術、工学、数学に強いインドも入っていません。多分、これらの国には優秀な人も多いがSTEMなどに関係の無い人(つまり無学の人)が非常に多い。それでIQでの平均値が低くなり、上位10位のランキングに入らなかったのでは、と推定されます。
日系人は頭が良い(?)
この問題について今度はブラジルでの興味深い調査が発表されました。それは政府の教育研究機関、INEPとIPEAが共同で調査発表したもので、7万5千人近くの学力調査試験の結果に基づいたものです。
それによりますと、数学のテストでは、日本系、ドイツ系、東欧州系、イタリア系の順で成績が良いと言うのです。更に日系学生の場合、イベリア系よりも学習年で1年ほど先に進んでいるとも言っています(詳細はニッケイ新聞、1月14日付を参照下さい)。
これを発表した方がたは立派な先生方です。ですから、民族ごとに差が出た原因を、単純に「日系人は(生まれつき)数学に強い(頭が良い)」などとは言いません。
「それぞれの引き継いだ文化遺産によって差が生じているのでないか」と言っています。
分かりやすい言葉で言えば、「日本人の親たちは自分の子供たちによい教育を受けさせたいと努力した。子供達も親の期待を感じ一生懸命勉強した。教育熱心な心がこのような形で現れたのではないか」と言っています。なるほど、説得力ある説明ですね。
しかし、です。こう言われると、「日本人は頭が良い」と言われるのは生まれつきなのではなく、親とか先生、あるいは同級生等の環境のせいなのかな?という気にもなって来ます。それでこれに答を出す前に、我が日系社会の有識諸氏、長老のご意見を伺ってみましょう。
「USPの工学部などは今でも15%位は日系が占めてるそうよ。今は日系学生も三世、四世の時代で混血も多いでしょ。親の期待だけでこれだけの結果は出ませんよ。やっぱり日本人の血(DNA)が優れているからよ。ブラジル人にも〃JAPONES INTELIGENTE〃と言われてるんだから、私達も誇りを持ちましょう」。
これ、本当は「その子を生んだ母親のせいも有るわ」と言いたかった婦人部の意見でした。
次に親は日系人だが、普段はブラジル人と全く同じ生活を送っているジョージさんの意見です。「日系人の子だからと言って頭が良いなどとは言えないよ。ガイジン(ブラジル人)だって、優秀なひとは沢山いる。日本人は移住して110年も経ったと言うが、この割りにこれと言って著名な学者は出ていない。大きな会社の社長なども数えるほどだろう。ニッケイが伸びたのも、親の苦労の背中を見て育った二世三世までで、そのガンバリを知らない三世、四世になったら普通のブラジル人になるさ。僕はそれはそれで何も悪い事はない、そう思っているがね」
広い視点をもつ村中さんは、こんな意見です。「こないだ囲碁の世界選手権がありましたね。日本からは本因坊、名人など7つのタイトルを持つ、井山十段(28歳)」が出て、必勝の意気盛んでした。しかし、中国代表、弱冠19歳の謝五段に敗れました。中国恐るべしです。それに別表のIQランキングでも香港、台湾、シンガポールは全部中国人の国ですね。日本人だけが頭が良いなどうぬぼれないようにしましょう」
最後に長老級の鈴木さんも発言しました。
「頭がよいとか悪いとか言っても最終的にはその頭を使って社会に認められるような活動をしているかどうかでしょう。マタラゾならイタリア系、オーデブレヒトならドイツ系と誰でも知っている。アラブ系では大統領、知事がわんさかいる。ニッケイからも、そのような全ブラジル級の著名人に出てもらいたいね。ただし、だ。いつまでも『わしは日系人、ニッケイ人』と卵の殻を引きずっていては、この国では伸びられない。多数のブラジル人の中で磨かれて、認められて、そして伸びるーそれが本当に頭の良い人、優秀な人と言えるのじゃないかね」―(貴方のご意見歓迎します=hhkomagata@gmail.com)