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どこから来たの=大門千夏=(44)

夢の話

 小さいときから朝起きると、まず母に夢物語を話す。
 空を飛んだり海の中を歩いたり、知らない国に行ったり…と、ぜひとも聞いてほしい辻褄の合わない夢の話を真剣に話すのだ。
 母はふんふんと手を動かしながら聞いていたが、ある日「この朝の忙しい時間にいい加減にしてちょうだい。しょうもない話」といった。堪忍袋が切れた、と言いたそうだった。
 だからと言って夕方の暇な時間に聞いてくれることはなかった。その言葉に深く傷ついた私は夢物語を二度と母に話さなくなった。
 今思うとなんというもったいないことをしたのかと母にうらみがましい気持ちを持つ。
 だってあれは私の特殊な才能だったに違いない。一つ一つノートに書き遺してくれるほど真剣に聞いてくれていたら、私の才能は花開いて、今頃は「予知能力者」として押しも押されぬ有名人になっていたかも…新聞やテレビに引っ張りだこ…今頃はオオガネモチよ…と話すと母は言下に「んまあーあなたはいつもばかばかしい」と嘲笑う。
 しかし人間から夢を奪うと生きてゆけないという研究発表がある。(夢を見ていないという人も、忘れているだけで必ず見ているそうだ)
 人間が夢を見ている時の脳波の変化は猫が最もよく似ている。そこで猫が、眠って夢を見始めた瞬間猫を目覚めさす。眠るだけ眠らせて夢を見させない。すると猫は二十日くらいで死んでしまうそうだ。動物は寝るだけでなく夢を見る必要があるということがこの実験でわかる。…ということを読んだことがある。
 夢は大切、あだやおろそかにしてはいけない。毎晩たくさん夢を見なくては長生きできないのだ。
…してみると私は相当長生きしそうだ。イヤハヤ、喜んではおれない。長生きは不幸の始まり…のご時世だもの。
 ところでオーストリアの精神医学者フロイトの本によると、夢の中には深層心理があり隠された心理がある。心の底にある欲求不満、それも性的欲求不満から来ると書いてある。すなわち夢はセックスに関係しているという。
 …これではちっとも面白くない。だって予知夢というものがあるではないか。旧約聖書にもちゃんとかいてある。それどころか昔は夢解きをする大臣までいたのだ。
 私の夢の話をしよう。
――どこにいるのだろうか、私は頭を少し低くして通り過ぎた、しばらく行くとまた同じように頭を低くして通り過ぎる。そんなことを何度か繰り返して、次の場面は母と二人で階段を上っている。
 二人並んだり一列になったりしてどんどん上り、登りきったところでテラスに出た。途端に私はアッと声をあげた。
 テラスから見た景色の美しさに息をのんだ。眼下には平面図案式といわれるフランス式庭園があり、これを囲むようにして半円形に川が流れている。川の向こうに森が続いている。
 このテラスで美しい庭園を眺めていると、突然三人になっている事に気がついた。私の右側に母、そして左側に夫がいた。――もう五年も前に夫は亡くなっているのに――。
 この夢を見てから六ヵ月くらいして、かねてから母の希望であったフランス旅行に同行して、一日、古城の見物に出かけた。ガイドが「突然攻められたとき、彼らは槍だの楯だのを持っているので、すぐに通れないようにドアはわざと低く小さく作ってあります」といった。