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どこから来たの=大門千夏=(45)

 私のように背丈の小さいものですら、城のドアを通る時は、ちょっと頭を下げるようにして通る。せせこましい。
 この時、あれれれ? この感触なんだか知っている。頭を少しかがめて通り過ぎる。しばらく歩くと、また隣の部屋に行くために頭を下げて通る。…何処かでしたことのある動作だ。
 しばらく行くと今度は幅の狭い階段があって、母と二人で横並びになったり、一列になったりを繰り返しながら登ってゆく。…アレ、この体の動かし方も記憶がある。…そうだ夢だ! 夢で体験した。夢のとおりだ。そうしてみるとこれから美しい庭園が見えることになっている。
 五階の階段を登りきったらテラスに出た。夢のテラスはもっと大きかったが、本物は幅が狭くて小さかった。その時眼下に広がっている城の大庭園は夢で見たものと同じ!
 ただ、夢では水色の空に深い緑色の森だったが、今ここには灰色の空が見え、半円形に城を囲んだ川の向こうに深い森が広がっていた。この森の色も灰色だった。
 右手に母が並んだ…そうだ。左に夫がいるんだ。確かに一緒に並んでいるのだ。わたしたちと並んで今この城の庭を一緒に見ているんだ。よかった貴方も一緒にこの美しい庭園を見ることができて…。
 六ヵ月先の予知夢だったのだ。
 こんなことがあってから夢を注意するようになった。しかしフロイトに言わせると階段は性的興奮の表れ、ドアは女性器の表れだそうだ。これじゃあ身もふたもない。
 そういえばコロール大統領の時、夢の中で誰かが耳元で囁いた。その言葉どおり預金を全部引き出した。おかげで預金凍結という難を逃れた。
 いろいろ知らせてもらうことは多い。これがセックスだの欲求不満だのと解釈していたら私はあの時、金欠病で大困りしていたはずだ。
 しかし、よいことばかりではない。昨年はベットから二回も落ちた。夢のせいだ。
 一度は人を追っかけて「まてー」とかなんとか怒鳴って、その男が崖から飛んだので私も追っかけて勢いよく飛んだ。ベットのそばにあった椅子にいやというほど額をぶつけて痛くて目が覚めた。大きなたんこぶを作ってみじめな気分。あの男、誰だったのだろうか。
 もういちどは小高い山から隣の山に飛び移ろうとして、足が存分広がらなくて落下。イタタタタとまっ暗い部屋の中で半分寝ボケてシーツ片手に呆然とする。これも夢のせいだ。
 何の予知夢だったのか、これは今もってわからない。
 でも年と共に夢を見る回数が減ってきた。そのせいか寝言を言うようになった…らしい。
 「アキレタ人ね、さんざん寝言を言って、終わったかと思うと急に歌をうたいだして…起きているのかと思ったら寝てるのよ。それからクスクスケケケと笑ってるの、いやーねえ、夜中に…気色悪い」と母に言われた。
 寝言も夢の線上にあるのだろうか、この事を書いた本には未だ出会わない。
 先日蛇の夢を見た。夢占いの本によると「お金が入ってきます」と書いてある。私は思わず「縁起イーイッ」。数日ウキウキと喜んだ。
 しかしこれもフロイトに言わせると「性的欲求の表れ」なんだそう。こうしてみると夢をよく見る私はどうやらエッチの塊ということになるではないか。お品よく理性ありそうにふるまってはいるが、何のことはない。一皮むけばエッチそのもの…やれやれエライ事でございます。

46

 年をとって理性も教養も品性も、おおよそ「恰好を付けてきたもの」がすべて作用しなくなったら表面意識がはがれて深層意識だけが残ってくる。
 その時、現れるのは「色キチばーさま」ということになるのだろうか。
 アアどうしよう、うっかり蛇の夢を見て「ソルチー!(幸運)」などと喜んではおれないのだ。
           (二〇一〇年)


 平屋に住んでいたことがある。ある朝、庭掃除をしていたらクワレズメイラの花の下で、もがいている雀の子を見つけた。手のひらに乗せると綿菓子のように軽く、二十日鼠の子供のようにやわらかく温かい。きっと冒険好きで、早々と飛ぼうとして巣から落ちたに違いない。巣に返してやりたいが手が届かない。
 恐怖心からか、私の両手のひらの中でひどくもがいていた。でもこのままにしておくと、犬や猫にやられてしまうので、しばらく飼っておくことにした。
 ただ親鳥が側に来ていないことが気になった。子供が危険にあったら、そばに来て鳴き叫ぶのが普通なのに、一声も鳴かない。きっとエサ取りに遠くに出かけているのだろう。
 早速、紙箱に入れて、水を置いたり、卵の黄身で練りエサを作ったりしたが、何一つ飲むことも食べることもしないで、うつろな目をして全身を大きく震わせながら頭を左右に振って、走り回っている。人間が怖くて逃げ回っているにしては異常である。狂っているとしか思えない。
 落ち着いて観察すると、目の周りに、長さ五㎜、幅二㎜くらいのまっ黒い虫が、ピンク色の皮膚の下で体を上下にくねらせて、長くなったり短くなったりして、うごめいているではないか。その上、先の方にぬめぬめと光った黒い点が二つ並んでいる。
 それも一緒にうごめいている…なんだろう。
 よく見ると、お尻のあたり、腹や胸のあたりにも、体のあちこちに気味悪くいるではないか。
 ようやくこの二つの黒い点は、この虫の目玉だという事に気がついた。真っ黒い虫がこの体長六?七㎝の小さな小鳥の体に巣くって、きっと脳にも入り込んで、気が狂ってしまったに違いない。
ああ、それで親鳥に捨てられたのだ。
 小鳥は青く光った眼をして、あれからずっと体中ガタガタと震えながら頭を左右に振り、全身で紙箱の壁にぶつかっては走り、ぶつかっては走りしている。
 私はどうしてよいのかわからない。ともかくこの黒い虫の上にありあわせの軟膏を塗ってみた。
 翌朝、おそるおそる箱を覗くと、小鳥の周りに八匹の真っ黒い蛆虫が歩いているではないか。体の表面の虫はこうやって取り除くことができたが、内臓や脳の中に入り込んでいる蛆虫は、どうすることもできなかった。
 小鳥は今日も全身を細かくけいれんさせ、頭を振って、突然狂い走りをする…を繰り返していた。三日目の朝。小さな体でありったけの力をふり絞って震え続け、最後にはひどいけいれんを起こし
て、そうして目を瞑り頭を垂れた。
 苦しみに耐え、痛みに耐え、孤独に耐え、呼ばず叫ばず、一人で静かに死んでいった。この世に生まれて、何十日の小さな命だったのだろうか。               (二〇一六年)