ブラジル日本移民110周年記念「第3回本荘追分ブラジル大会」が2月25日、サンパウロ市の秋田県人会館で行われた。ブラジル本荘追分会(川合昭会長)、グループ民(久保田紀世代表)共催。日系人を中心に8歳から91歳までの男女60人が出場し、日頃の練習の成果を披露した。審査の結果、民謡歴3年目の非日系人女性エスピンドラ・イングリッジさん(23、リオ市在住)が優勝を果たした。非日系人による優勝は民謡界初で「新たな時代の到来か」と関係者は興奮に沸いている。
大会審査委員長を務めた川合会長は、「彼女はこの一年で非常に上手くなっていて驚いた。ブラジル人からここまで民謡を歌える人が出てくるとは思ってもおらず、審査中、思わず涙がこみ上げてきた。今年はブラジル日本移民110周年で民謡もまた同じ歴史を持つ。彼女はブラジル民謡110年目の奇跡」と言い切った。
大会は午前9時に始まり、会場には民謡愛好家ら120人が集った。本荘追分民謡の国際大会が行われているのは、世界でブラジルだけということもあり、長谷部誠由利本荘市長、鈴木和夫同市議会議長、佐林公善本荘追分保存会会長から祝辞が届き、野口泰在聖総領事や下本八郎元サンパウロ州議、菊地義治ブラジル日本移民110周年記念祭典実行委員長らも登壇し、祝意を述べた。審査は幼年、青壮年、高年、寿の部に分かれて行われ、各部門の優秀者が決勝審査に進んだ。
決勝審査に残ったのは10人。イングリッジさんは9番目に登場し、見事な歌唱で会場を沸かせた。審査員の中では10番目に登場した安永幸柄さん(30、四世、昨年の第50回日本民謡全伯大会優勝者)を評価する声も強く、僅差での優勝となった。
イングリッジさんは表彰式で自らの名前が告げられると涙ながらに喜び、優勝者披露の間奏中には投げキスを会場に贈った。彼女は「優勝できると思っていなかったからとても感激している。民謡を始めてから色々な人が応援してくれた。だから練習も頑張れた」と語り、出場権を手にした8月の第35回本荘追分全国大会に対しては「日本に行くのも初めてで不安もあるけど頑張ってきます」と笑顔で意気込みを語った。
各部門優秀者は以下の通り【幼年の部】田尻カミーラなつみ【寿の部】八木静代【高年Aの部】林節子【高年Bの部】海藤司【青壮年Aの部】エスピンドラ・イングリッジ【青壮年Bの部】木下光恵【決勝審査】一位エスピンドラ・イングリッジ、二位安永幸柄、三位海藤司【特別賞】大原愛子、辻ゆうじ、花土竜太。
https://youtu.be/x-rl1kb6Nkk
民謡歌姫イングリッジさん=新時代、携帯で遠隔教育=アニメから伝統文化へ
「細かなこぶしがうまいんだ」「歌声が遠くからこちらに近づいてくるようだった」「喉も耳も舞台度胸も良い。持って生まれた素質が違うね」―。「第3回本荘追分ブラジル大会」の閉会後も、車座になって感想を語り合う参加者達からは、優勝者への賛辞が止まらなかった。
イングリッジさんは前回大会では、非日系人で民謡歴1年半、本荘追分を習い始めてわずか1カ月半で3位入賞を果たし、「驚異の新人」として当地民謡界を驚かせた。審査員の日本民謡協会の塩野彰会長と佐藤元宏副会長から、「歌声の滑らかさはまさに天才。歌う為に生まれてきたような人」との評価も受け、今大会でもその活躍に注目が集まっていた。
彼女は学校職員として働きながら、リオ連邦大学で栄養学を学ぶ学生。日本文化と特別な関わりを持たないブラジル人家庭で育ったが、幼い頃にスタジオジブリのアニメを見て日本文化に興味を持ち、伝統文化へ傾倒していった。3年前に三味線教室に通うようになり、民謡も始めた。
民謡の師匠の海藤司さんはリオ市から200キロ離れたタウバテ市在住のため、授業方法は録音した歌を携帯アプリで送りあう「遠隔教育」が中心。海藤さんは「彼女は耳が非常に良い。性格も素直で教えると直ぐに吸収する」と話す。彼女には音楽経験はなく「子供の頃から教会で音楽に触れながら育った」程度だという。
前回大会からの一年で歌唱技術の向上はもちろん、本荘追分に対する理解も深めてきた成果が発揮されたようだ。
□関連コラム□大耳小耳
本荘追分大会で見事優勝を果たしたエスピンドラ・イングリッジさんの歌声は、ニッケイ新聞サイトの当該記事にて動画で確認できる。イングリッジさんは6月にサンパウロ市の宮城県人会館で行われる江差追分大会に出場する予定なので、日本に行く前にその歌声を生で聞きたい人は、どうぞ。
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「当地民謡界での非日系優勝者は聞いたことが無い」とブラジル本荘追分会の川合昭会長、郷土民謡協会の公認教授北原民江さんも口揃える。非日系優勝者の出現は、インターネットの普及が背景にある。一般ブラジル人が日本文化に触れる事が格段に容易になり、イングリッジさんと海藤さんの様に生徒と指導者の遠隔教育も可能にした。民謡は日本でも後継者不足で悩んでいる。ブラジル人の中にも民謡の才能が眠っていることが示された今回。日本の民謡界も積極的に海外からの人材発掘を行ってみては?
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イングリッジさんと決勝を争った安永幸柄さんは、あの安永家の一員。当地における安永家の歴史は1914年に熊本県玉名郡から3人が移住したことから始まり、今では親族410人になるほどまで家勢を盛り上げた。親族らは全伯各地に広がって文協役員、進出企業幹部となり、日系社会の屋台骨の一本ともいえる家系に。二世最長老の忠邦さん(97)をはじめ、日本文化を大切に継承してきた。本人達はまったく意識していなかったが、決勝戦の「伝統」と「革新」の対比はなかなかドラマチックだった。