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7年を経て今も残る悲しみに触れ

 11日のNHKのど自慢で、「今日は娘と孫の命日です」と言って歌った婦人がいた。11日で東日本大震災から丸7年経ち、自宅解体を決めた人や地元に戻りたくても戻れない人の事も番組で触れていた。なのに、この言葉を耳にした途端、思わず、目頭が熱くなった▼7年間、様々な苦労の連続だったはずの被災者達。家族や親族を亡くし、家も失った人、親の代から続く店や会社が無に帰したりした人が山ほどいる事は知っていた。だが、先の言葉は我が子を失った時の事を思い出させ、被災地の人の胸の内に今も続く悲哀を痛感させたのだ▼ブラジルにいると、流れ弾による犠牲者や殺人事件の事も毎日のように聞く。予期せぬ理由で我が子を失った親達が、茫然自失の状態で泣きながらインタビューに答える様子を何度見た事か。仕事柄、この類の報道に触れる事は人一倍多いが、涙も見せずに語られた冒頭の言葉が、その胸中を現実のものとして強く感じさせたのだ▼この日ののど自慢は、被災者達を励ますため、被災地で開かれた。番組後、頭の中では、聖書の一節「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子を哀れまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。見よ。私は手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある」が響いていた。母親が我が子を忘れたり、愛情が失せたりする事は通常ありえない。ましてや神は、いやでも目に入る手のひらに我々の名前を刻み、いつも覚えているのだ▼悲しみを乗り越えて進むには多大なエネルギーが要る。悲しみ、苦しむ人を覚え、寄り添い、励ます者であれと背中を押された。(み)