ホーム | 連載 | 2018年 | 110周年記念リレーエッセイ=若手・中堅弁護士が見た=日伯またぐ法律事務の現場 | 110周年記念リレーエッセイ=若手・中堅弁護士が見た=日伯またぐ法律事務の現場=第1回=弁護士は将来、コンピューターに職を奪われるのか?

110周年記念リレーエッセイ=若手・中堅弁護士が見た=日伯またぐ法律事務の現場=第1回=弁護士は将来、コンピューターに職を奪われるのか?

 進出企業や在日ブラジル人コミュニティーを含め、日系移住史は血と汗と涙の結晶といえる。そんな移住者を支え、日伯関係の懸け橋になってきた人材は、枚挙にいとまがない。中でも、日本法・ブラジル法弁護士の役割は大きかった。現在でも、日本の事務所から派遣されて企業支援に奔走する弁護士、日伯両語に堪能な二世弁護士、訪日就労者の支援に携わる日本法弁護士、日本育ちの日系人弁護士などが、両国をまたぐ法律問題の解決に奮闘している。日本人ブラジル移住110周年を記念し、リレーエッセイという形で、若手・中堅の法律家に日常感じていることを書いてもらった。(編集部)

 あなたの仕事は10年後も存在するだろうか。
 最近この手の話がメディアを賑わしており、ブラジルでも、たとえばVEJAの2018年1月31日号が、経営コンサルティング会社マッキンゼーが昨年発表したレポート「JOBS LOST, JOBS GAINED:WORKFORCE TRANSITIONSIN A TIME OF AUTOMATION」等をもとに、どのような職業が将来コンピューターにより置き換えられるかについて論じている。
 弁護士は、専門職であるため自動化される可能性は低いと一般的に考えられがちであるが、マッキンゼーのレポートでは、弁護士業務の22%がコンピューターに取って代わられるとされている。弁護士を生業とする筆者としてはただごとでない数字である。ただ、実際の弁護士業務を考えるとその数字もあながち間違っていないと思われる。
 弁護士の業務は、大別すると、依頼者の相談に乗る、関連する文書を確認する、関連する法律や判例を調べる、法的構成を検討する、契約書などの文書を作成する、必要に応じて相手方と交渉する、に分類することが可能である。これは、個人に関する案件(破産や離婚など)にも、企業に関する案件(日常的な法律相談やM&Aなど)にも当てはまる。
 この中で、すでにコンピューターにより置き換えが始まっているのが、上記のうち、「相手方と交渉する」以外の業務である。そう、ほとんどの業務でコンピューターによる浸食は始まっているのである。
 たとえば、イギリスで開発された「Do Not Pay」というソフトウェアは、不当な駐車違反の取締りを受けた際に、チャット形式で罰金を取り消しにするためのアドバイスをくれる。このソフトウェアを使うことで弁護士に相談することなく異議申立ができる。
 また、米金融大手のJPモルガンは、社内で「コントラクト・インテリジェンス」と呼ばれるプログラムを使うことで、従前は弁護士等が年間36万時間も費やしてきた契約書の審査を数秒に短縮できていると公表した。
 そのほかにも、膨大な判例検索・分析するソフトウェアや不正調査や裁判対応のために電子メールを解析するソフトウェアなど多くの人工知能(AI)を使ったサービスが使用されている。アメリカでは、リーガルテック(ITを駆使した法律関連サービス)の市場がすでに1・6兆円にも達しているとのデータもあり、今後日本やブラジルにおいても、同様のサービスは広がっていくものと思われる。
 筆者も弁護士になりたての頃は、判例や文献の検索に取られる時間が多かった。また、M&Aの際のデューデリジェンスでは膨大な資料を密室でひたすら確認していた。
 これらの作業をコンピューターが代わりに行ってくれるのであれば、弁護士と依頼者いずれにとっても良いことであろう。弁護士は依頼者とのコミュニケーションにより多くの時間を割くことが可能になるからである。
 依頼者は人であり、字面だけでは理解できないことも。また、依頼者の状況次第では、法的な正解を単純に回答するだけでは足りない場合も。依頼者から真意を聞きだすことや状況に応じた妥当な解決策を提供することは、当面はコンピューターによる代替は難しいであろう。
 そのため、今後、弁護士として生き残っていくためには、テクノロジーを使いこなすことはもちろん必要であるが、それ以上に「対人力」が求められるのではないだろうか。
 さて、ここでブラジルにおけるAIの活用について日本の弁護士から一つ提案したい。
 ブラジルは訴訟大国であり、かつ、訴訟終了まで長期間かかる。日本の感覚で言うと、単純な債権回収案件で、かつ、証拠も揃っていれば訴訟を提起したとしても遅くとも半年ほどで終わる。ところがブラジルではそのような案件でも数年かかることが一般的である。
 裁判官の仕事は、事実を法律に当てはめて結論を出すという作業であるためAIになじむ。特に単純な事案においては、「AI裁判官」を活用すれば訴訟に関するコストを大幅に削減でき、期間も短縮されるであろう。

柏健吾

柏健吾

柏健吾(かしわ けんご)

TMI総合法律事務所(本社=東京都港区六本木)所属の日本の弁護士。2012年8月からサンパウロの法律事務所で勤務しており、現在はMOTTA FERNANDES ADVOGADOSで勤務している。連絡先:kkashiwa@tmi.gr.jp