國仲祐希さん(沖縄、22、写真左)。帰郷後に宮古島移民のビデオレターを届けた際の写真。研修先はサンベルナルド・ド・カンポ市にあるアルモニア学園。
「いい一年を過ごしたんだね。顔見たらわかるよ」。帰国後、沢山の人にそう言われた。ブラジルが私に教えてくれたことは数えきれないほどあるけど、強いて言えば、「生き方」を教えてもらった。
「生き方」とは何か――。それは、他人と自分を愛する力だと思う。私が出会ったブラジル人は皆、楽しそうに生きていた。他人と自分を比べることなく、一人一人が自分の好きなことをしていた。自分に自信があった。だからこそ他人を認め、受け入れることのできる心の余裕がある。それは大人だけでなく子供に関しても同じことだ。
私は、サンベルナルド・ド・カンポ市にあるアルモニア学園で研修していた。生徒数は3歳から高校生までの約400人。私は主に3歳から5年生(11歳)までの生徒と関わる機会が多かった。子供たちは皆「人を褒める」ことを当たり前のようにしていた。
例えば美術の授業では、お互いの絵を見せ合って「上手だね」と褒め合う。私が少しだけポルトガル語を話せただけで「ポルトガル語が上手だね」と毎日褒めてくれた。全くポルトガル語も話せないままブラジルに来てしまったが、「寂しい」と感じたことは一度もなかった。絵や体を使って私と話してくれるかわいい子供たちから、言葉よりも大切なことを教えてもらった。
ブラジル人は、人のいいところを見つける能力に長けている。そしてそれをちゃんと言葉にして伝える。一見、単純で簡単なことに見えるかもしれない。だが、実際にはなかなかできるものではない。自分を好きにならないと、他人を認める余裕は生まれない。
日本人は一般に「自分に自信がもてない」と思う。というか私自身がそうだ。人と自分を比べては、不安になったり安心したりしていた。友人が成功しても、焦る気持ちが先だち、心から「おめでとう」と言えないこともあった。
しかしブラジルでは沢山褒められていたおかげで、私も自然と他人をほめることが出来るようになっていた。
ここでは他人と比べることなく、自分も他人も認めることが出来た。幸せ太りで10キロほど肥えてしまったが、それでも今の自分が一番好きだと心から言える。外見に囚われなくなった。かわいくて愛おしい子供たちに囲まれながら、私はブラジルで自分と人を愛する「生き方」を学んだ。
私にとっての大きな出会いは「日系社会」だ。恥ずかしながら、私はブラジルに来るまで日系社会があることを知らなかった。こちらに友達も親戚もいなかった私は、沖縄県人会によく遊びに行った。沖縄から来たというだけで、皆さんからとても歓迎された。
日系社会と関わっていく中で、今では消えつつある日本・沖縄の心や言葉が残っていることに気づいた。言葉の通じないブラジルに移住し、想像を絶するような経験をしてもなお、日本、沖縄の心をずっと大切に守り抜いてくれていた。彼らの話を聞くたび、「どうして私は移民の歴史を知らなかったんだろう」と恥ずかしくなった。
日系人は日本のことをずっと想っているのに、日本に住んでいる私たちは、日本以外の〃日本〃について全然知らないことが悲しくて仕方なかった。私は「日系社会についてもっと知りたい」、そして「日本と日系社会をつなげたい」と思うようになった。
私は研修中に、故郷である宮古島から移民してきた先輩方に会いに行った。そして、彼に宮古島に住んでいる彼らの家族や親戚に向けて、ビデオレターや手紙を書いてもらった。先日、宮古島に帰省した際に、彼らの家族を探し、そのビデオレターを届けた。ご家族の方は「久ぶりに顔を見た」と泣いて喜んでくれた。私は彼らの喜んだ顔を一生忘れることはないと思う。
ブラジルで生き方を教わり、私が知らなかった〃もう一つの故郷〃に出会うことが出来た。この一年は私の宝物だ。私を支えてくれたすべての皆さん、本当にありがとうございました。