中国山地の山奥にある谷間に、人口5千に満たない小さな集落がある。そんな島根県邑智郡美郷町に、10年前から工房を構える〃さすらいの陶芸家〃こと橋本白道さん(本名・力男、68、佐賀県)は、日系人が築いてきたブラジル陶芸文化の継承のため、昨年から自分の工房に陶芸家の〃卵〃であるブラジル人研修生3人の受入れを始めた。島根の山奥から日伯を繋ぐ橋本さんに話を聞いた。
橋本さんはスウェーデンの大学で陶芸、リトアニアの美術学校では映像制作を学び、ドキュメンタリー作家としての顔も持つ。05年から国際協力機構の陶芸学校立上げ事業でドミニカに赴任し、ブラジル日系陶芸家の存在を知った。
16年に初来伯した橋本さんは、ビデオカメラを片手に各地の日系陶芸家を訪れ、3カ月をかけて取材した。そこから見えたのは日系陶芸家がブラジルで築き上げてきた陶芸文化、そして陶芸家の高齢化、後継者不足という現実だった。「日系陶芸家が撒いた種を何とか継承させなければ」。一念発起した橋本さんは、後継者育成に向けた取組みを始めた。
当初は、ミナス・ジェライス州ブルマディーニョ市にある故・石井敏子さんが残した家の陶芸学校化、陶芸学部を有する日本の大学との交換留学締結を目指していた。
ところが、前者は遺族との利権交渉が進まず、後者も日本での授業料や滞在費がブラジル人学生にとって困難で、海外からの学生に対する日本政府や県の助成もない。
そこで、自らの工房でブラジル人学生を受入れることを決意。陶芸品を返礼としたクラウド・ファンディングで研修生3人の滞在費の調達を行い、約50万円が全国から寄せられた。
橋本さんは「技術は盗んで学ぶもの。陶芸歴40年でも分からないことばかり。それを3カ月で得られるはずがない。異文化と触れ合い、そこからヒントを掴む。自分のなかで熟成させ、それが作陶に反映させていく。彼らは何かを持ち帰ってくれたのでは」と期待を滲ませる。
3回目の訪伯となった今回は、敏子さんの弟子が工房をかまえる同地で穴窯の技術的指導を実施した。さらにブラジルで唯一陶芸学部を有する同州サンジョアンデルヘイ市の連邦大学(UFSJ)でワークショップも。学部設立から8年と日が浅く、250人の生徒を抱えるが、設備が不十分で実技を学べる環境にないのが実情という。
橋本さんは「日本には40以上の陶芸学部があり、十分な整備があるのに学生数は減少。何とかそこを繋ぎ日系陶芸家が撒いた種を継承していきたい」と思いを語った。
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橋本さんによれば、以前UFSJを訪問した際に20台あった轆轤は、うち6台が故障。3台ある電気窯も故障したまま。稼動するのは薪窯一つのみ。陶芸の材料となる土も不足し、実技を身につける環境が全く整っていないとか。さらに、「陶芸学部」と言いながら実際は藝術の一コースとしての位置づけ。実際は美術史などの様々な講義が中心となり、陶芸には集中できるカリキュラムになっていないのだとか。そんななか陶芸の町クーニャから、わざわざ同校に入学する生徒が2人現れたという朗報も。なんとか志高いブラジルの学生を日本で受入れる手立てがないものか。
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〃さすらいの陶芸家〃橋本白道さんが、ブラジルの研修生用の資金を集めたり、受入れた実際の様子は、3月18日にNHK松江放送でも放映されたという。橋本さんは今年も研修生を受入れる予定で、6、7人が既に応募した。また、16年に撮影した映像記録は自宅で保管されており、映画化に関心のある人を募っている。問合せや支援に関しては、橋本さん(rikihas7@yahoo.co.jp)まで。