ホーム | 連載 | 2018年 | 二天=古武道広めて25年=武蔵の教えをブラジルに | 《ブラジル》二天=古武道広めて25年=宮本武蔵の教えをブラジルに=(1)=「剣道にときめかなくなった」

《ブラジル》二天=古武道広めて25年=宮本武蔵の教えをブラジルに=(1)=「剣道にときめかなくなった」

居合術の指導にあたる岸川さん(二天提供)

居合術の指導にあたる岸川さん(二天提供)

 剣豪・宮本武蔵が大成した兵法「二天一流」。その免許皆伝を受けた岸川ジョージさん(54、2世)が創立した「二天古武道研究所」(以下、二天)は今年、節目の25周年を迎える。南北アメリカとヨーロッパの8カ国に70以上の支部を持ち、約1200人の生徒が日々稽古に励む。岸川さんは「試合に勝つことよりも、幸せな人生を歩むことが大切」と説く。全ブラジル剣道大会で連続優勝を成し遂げるなど、武術の世界を生きてきた岸川さんが、なぜそのような考えに至ったのか。そして、非日系が大半を占める生徒らは、なぜ現代武道と一線を画す二天に魅了されるのか、その答えを探った。

 平日の夜、サンパウロ市ビラ・マリアーナ区にある屋内施設で居合術の練習が行われていた。「居合術」とは刀を鞘から素早く抜き相手を切る武術だ。生徒は白の上衣と濃紺の袴に身を包み、腰に模擬刀を差している。稽古場には居合とともに発せられる「ヤアー!」「セヤー!」という気合が響き、道場には大変な緊張感が満ちていた。
 ひとりの生徒の居合は正座から始まった。右ひざを立てた瞬間に、鞘から刀身を前方に抜き放つ。すばやく左足を大きく踏み出して、渾身の力で刀を振り下ろした。「ひゅっ」と音がして刀身は地面と平行になったところでピタリと止まった。
 記者が着いたとき、岸川さんは厳しい眼差しでそんな稽古の様子を見つめていた。事前に取材の申し込みをしていたので、近くにいた生徒に声をかけ、岸川さんを呼び出してもらった。
 生徒は岸川さんを「Sensei Kishikawa」と呼び、稽古場に入るときに丁寧にお辞儀をする。普段から日本式の礼儀を指導しているようだ。生徒に声をかけられた岸川さんは記者を一瞥し、表情を和らげ笑顔を見せた。
 7歳から剣道を始めた岸川さん。めきめきと実力を付け、14歳のときに日本の武道館で開催された国際少年剣道大会に出場し、個人・団体競技ともに3位に入賞。3年に1度開催される世界剣道選手権大会には、1985年から91年まで3大会連続でブラジル代表として出場した。
 「二天」を立ち上げたのは1993年、サンパウロ連邦大学医学部を卒業し医者として働き始めた年だった。周囲は剣道界を牽引していた岸川さんが突然、古武道指導者に転身したことに驚いた。1998年にブラジル人で始めて剣道教士7段を取得するという偉業を成し遂げたが、その後は一線から退いている。
 古武道という新たな道を選んだ理由を、岸川さんは「剣道にときめかなくなった」と切り出した。「剣道の構えは数種類だけ。一方、古武道には何十種類もの古流の構えがある。それを自由自在に使いたかった」。
 ただ、日本の古武道は形の反復練習のみで試合が無い。そのため、岸川さんは古流の技で試合をする武術「実践剣術」を考案し、それを二天で指導している。
 「『形』だけでは感動できない。技が実戦になって始めて感動します」。岸川さんの顔には少年のような笑顔が浮かんだ。(つづく、山縣陸人記者)