固太りの体格に厚かましい面構え、威張った歩きかた、長い髪をひっ詰めて頂上近くで丸めてヒモで括り、化粧気はなく、着ているものは「みんなもらいもの」という感じでチグハグ。この「おばさん」は五十歳くらいかな、と思っていると、すれ違いざまに「日本人の方ですか」と私に元気な声をかけてきた。そうですと言うと「やっぱりねー」あはははと人懐こく笑った。中国人だとばかり思っていたが、その顔は日本人だ。
その上一瞬戸惑った。外国を旅行していると若い人は大抵「日本人ですか」と聞いてくる。それが年配の人や、日本語を勉強した外国人は「日本人の方ですか」と丁寧に聞いてくる。近くで見ると三〇歳半ばのこの女性は、「日本人の方ですか」と丁寧な言葉を使った。おや、今の若い女性達とは違う人だな。
「あら、どうして?」と聞くと「歩き方がねエ」と又カラカラと声を出して笑った。
しかしこちらだって笑いたい。派手なブルーのTシャツによれよれの茶色の七分丈パンツ、緑色のソックスに赤い鼻緒の付いたゴム草履、右手にスーパーのプラスチック袋、背中にはボロボロの大きな不格好なリュック。両脇に大きなポケットが付いて、よく膨らんだひょうたんのような形だ。(これが何だか懐かしい…終戦後、闇米を買いに行く父の背中にあったリュックを急に思い出した。)上蓋に墨で「鈴木」と書いてある。
今、老若男女、皆ナイロン製の軽い筒長のリュックを担いで旅している時代なのに、この若い女性は戦時中の――今から六〇年も昔の使い古されたリュックを担いでいる――それよりも今時、物のあふれる日本に、六〇年間捨てないで保管していた家庭があったということに、ただただ驚きを覚えた。どんな家庭で育った人なのだろう? …いやそれとも古道具屋で買ったのかな? このリュックに三〇㎝くらいの丸く結んだ色違いの風呂敷包みが、両脇に一つずつ括りつけられて、それが歩くたびにブランブランとぶつかり合っている。なんとも無神経を通り越してユーモラス、自分の姿を鏡に写して見たことがあるのかしら。
一人でヨーロッパを二ヵ月旅行していると言う。これが日本女性の代表だと思われたらチョット…と一瞬思ったが、それ以上にこの強烈な個性には圧倒された。
旅行中、多くの日本人に出会ったし、私の周りの友人たちもそうだが、みんなグループで外国旅行をし、其のうえ男も女もブランド品に熱を上げているというご時世に、この女性は「我はわれなり」を堂々と外国に行っても通用させている。きっと他人の目なんぞ気にならないのであろうし、他人の心まで詮索しない「わが道を行く」人なのであろう。
私のような、はるか年上の女に何の抵抗もなく話しかけ、其のうえ声を立てて屈託なく笑うこの厚かましさ、何事にも物おじしないこのような性格は、どんな環境に育った人なのだろうか。それにしても今時こんな女性がいることを、心強く頼もしく思い、嬉しくなった。彼女は今回が外国旅行二回目です。「普段はちゃんと仕事をしているのよ」と言ったが、どうしてどうして生涯旅行一筋に見えるほど堂に入っている。
一人で長期間旅行できるのは、図太い神経、冷静な判断力、厚かましさ、鷹揚さ、行動力、自信、勇気、好奇心、こんな性格がないと長続きしない。旅行中、出会った何人かの日本の若者が「もう切り上げて帰ります」と悲鳴をあげていた事を思い出す。