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どこから来たの=大門千夏=(94)

 「横に座っていいかしら」突然、片手に本を持った女学生が声をかけてきた。
 ベンチの端に肩から荷物を下ろすと腰かけて、教科書をとりだして読み始めた。化粧気はなく黒い髪をまっすぐ長くのばし、日本人に良く似た顔。私の事が気になるらしい。
 「中国人ですか?」
 「いいえ、日本人よ」
 「どこから来たの?」
 「ブラジルからよ」
 「それでスペイン語が判るのね」
 「ポルトガル語ならもっと判るけど」
 「もう観光したの?」
 「そこの太陽の神殿をみたわ」
 「素晴らしいでしょう、十二角形の石も見た?」
 「見たわ、すごい腕ね。世界中探してもあんなことできる人はいないわ」
 「見るところはたくさんあるわよ、何日ここにいるの?」
 「そうね一週間くらいかな」
 それから、むだ話を三〇分くらいして、彼女は聞いた。
 「どこに泊まっているの?」
 「そこのサン・アウグスチン・ホテル」
 「聞いてよいかしら? 私、あのホテルの横を毎日通るの、ホテル代っていくら位するものなの?」
 「八〇ドル」
 「えっ、うっそ!」
 「本当よ」
 「まさか! 信じられない。ドロボーみたい」
 「私の従兄がペンションをやっているの、ずっと安いわよ」
 「へー」
 「すぐ近くよ、紹介するわ。いくらなんでも高すぎる」彼女は赤い頬を更に赤くして盛んに一人で興奮して言った。
 「一緒に行ってみない? 案内するわ従兄のホテル。絶対に安いから」
 彼女は客引きかな? それとも詐欺かドロボーか、でも退屈していた私にはおしゃべり相手に丁度良い。
 並んで歩きながら、ちらちらとこの女を観察する。話し方や、身のこなしは素直で悪い人ではないようだ。名前はビアーネと言った。
 従兄のホテルは想像していたより大きく看板が出ている。ここの主人は善良そうで素朴な親しみのもてる、いかにもインカの末裔といった感じ。従妹のビアーネとは本当に親戚らしい。
 私に部屋を見せてくれた。
 サン・アウグスチン・ホテルより部屋は広く、カラーテレビ付き、トイレ、ホットシャワー付き、(安ホテルは気を付けないと水しか出ない)一泊一五ドル。
 私はすっかり気に入って、さっそくここに引っ越しすることに決めた。(一人で旅をしていると、その日の気分で転々と宿を変える、行き先をかえる癖が身についてしまっているのだ。)
 翌朝ビアーネはサン・アウグスチン・ホテルに迎えに来てくれて、タクシーをと言っても「とんでもない、もったいない」と言ってガラガラとトランクを引っ張って、でくれた。
 お礼に今夜一緒に食事しましょうと言うと、「友達と一緒でもよいかしら」と聞いた。
 「勿論いいわよ」
 それを聞くと嬉しそうな顔をして、さあこれから授業だと言って急いで帰って行った。
 夕方向こうから質素な身なりの若い娘が三人連れでやってきた。恥ずかしそうにもじもじとして、なかなか私と挨拶ができない。いかにも初心な御嬢さんたち。