「横に座っていいかしら」突然、片手に本を持った女学生が声をかけてきた。
ベンチの端に肩から荷物を下ろすと腰かけて、教科書をとりだして読み始めた。化粧気はなく黒い髪をまっすぐ長くのばし、日本人に良く似た顔。私の事が気になるらしい。
「中国人ですか?」
「いいえ、日本人よ」
「どこから来たの?」
「ブラジルからよ」
「それでスペイン語が判るのね」
「ポルトガル語ならもっと判るけど」
「もう観光したの?」
「そこの太陽の神殿をみたわ」
「素晴らしいでしょう、十二角形の石も見た?」
「見たわ、すごい腕ね。世界中探してもあんなことできる人はいないわ」
「見るところはたくさんあるわよ、何日ここにいるの?」
「そうね一週間くらいかな」
それから、むだ話を三〇分くらいして、彼女は聞いた。
「どこに泊まっているの?」
「そこのサン・アウグスチン・ホテル」
「聞いてよいかしら? 私、あのホテルの横を毎日通るの、ホテル代っていくら位するものなの?」
「八〇ドル」
「えっ、うっそ!」
「本当よ」
「まさか! 信じられない。ドロボーみたい」
「私の従兄がペンションをやっているの、ずっと安いわよ」
「へー」
「すぐ近くよ、紹介するわ。いくらなんでも高すぎる」彼女は赤い頬を更に赤くして盛んに一人で興奮して言った。
「一緒に行ってみない? 案内するわ従兄のホテル。絶対に安いから」
彼女は客引きかな? それとも詐欺かドロボーか、でも退屈していた私にはおしゃべり相手に丁度良い。
並んで歩きながら、ちらちらとこの女を観察する。話し方や、身のこなしは素直で悪い人ではないようだ。名前はビアーネと言った。
従兄のホテルは想像していたより大きく看板が出ている。ここの主人は善良そうで素朴な親しみのもてる、いかにもインカの末裔といった感じ。従妹のビアーネとは本当に親戚らしい。
私に部屋を見せてくれた。
サン・アウグスチン・ホテルより部屋は広く、カラーテレビ付き、トイレ、ホットシャワー付き、(安ホテルは気を付けないと水しか出ない)一泊一五ドル。
私はすっかり気に入って、さっそくここに引っ越しすることに決めた。(一人で旅をしていると、その日の気分で転々と宿を変える、行き先をかえる癖が身についてしまっているのだ。)
翌朝ビアーネはサン・アウグスチン・ホテルに迎えに来てくれて、タクシーをと言っても「とんでもない、もったいない」と言ってガラガラとトランクを引っ張って、でくれた。
お礼に今夜一緒に食事しましょうと言うと、「友達と一緒でもよいかしら」と聞いた。
「勿論いいわよ」
それを聞くと嬉しそうな顔をして、さあこれから授業だと言って急いで帰って行った。
夕方向こうから質素な身なりの若い娘が三人連れでやってきた。恥ずかしそうにもじもじとして、なかなか私と挨拶ができない。いかにも初心な御嬢さんたち。