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どこから来たの=大門千夏=(96)

 我ながら情けないとは思うけど、ウラシマ太郎は故郷が恋しくなってきたが、私は孤独が恋しくなってきた。
 一人になりたい。一人で静かに食事をしたい。これ以上、大勢と一緒にいたくない。そのためにはこのクスコの町を去らねばならない。
 その夜、急に仕事ができてリマに帰らなくてはならないとウソをついて、ホテルの主にビアーネに連絡を取ってもらった。
 翌朝、彼女はとんできて、心から別れを惜しんでくれ、荷物を持って飛行場まで送ってくれた。 こころやさしい人懐こい女学生に、作り話をしたことに胸が痛んだが、飛行機に乗ると私は心底ホッとした。
 やっぱり一人は最高。
 大金持ち夫人も楽ではない。あの「持ち上げ」に耐える神経は、並大抵なことではないという事がよくわかった。
 人間、分相応に、ほどほどが一番幸せなんだと、ヘンに悟ったクスコの旅だった。
(一九九八年ころ ペルーに行った時の思い出)
            (二〇一五年)

 ニッポン男児 慰問の旅(フィリピン)

 ボランティアの仕事でフィリピンに滞在しているM氏からの招待状が四?五回は来ただろうか、何度言われても行く気がしなかった。暑そうだし骨董品もなさそうだし、しかし、今回は気が動いた。何かあるのだろう「変わった出会い」が。友人のT子さんを誘って、さっそく機上の人となった。
 ここが首都マニラ? 想像とは全く違う。建て物、街路、公園、どこも汚く雑然として、その上、道行く人々の体形のだらしなさ。これまで見た国と何かどこかが違っている。町全体が貧民窟のような印象を受ける。
 やっぱり無理してくるところではなかった…と後悔に似た気持ちが湧いてくる。しばらく歩いていると突然ガラリと変わって大理石を張った真新しい歩道にでた。花壇あり、ベンチあり、長い海岸線に平行して新しい高層ビルが林立し、国際的な大型ホテルが並んでいる。
 「これが写真で見たマニラなんだ。やっぱりマニラに来たのね。よかったー」と我々は興奮した。 一月と言えば真冬だが北緯一五度くらいにあるマニラは日本の真夏のように暑い。日曜日のせいか朝七時、海岸の散歩道はすでに家族連れでいっぱいである。それにしてもこれだけの人が一体何処から出て来たのだろうか。
 海に目をやると黒くよどんで、ひどい下水の匂いがして吐き気すら覚える。ヘドロで黒く汚染された砂浜にはパラソルを広げて寝そべっている人が大勢居る。これがマニラの中流階級の人たち? どこの国に行ってもすぐに気に入る私なのに、今回はホテルを一歩出ると、なにか得体のしれない不快な空気というか、不快な霊気が私を取り巻いて異様な世界にきている感じがする。…こんな気持ちを持ったのは初めてだ。これは一体何だろう?
 骨董屋を探して歩き回ったが、骨董品らしき物もない。カトリックの国と言うけど聖像ひとつまともな品もない。この国には文化の歴史があるのだろうか? 美意識をもった国民なのだろうか? アジア人の顔をしてキリスト教を信じ、英語を話す国民。民族としての誇りがあるのだろうか?