2013年に大いに期待されて就任したカルテス大統領は、任期前半の3年間は善政をもって、一般に好評を得ていた。だが、最後の追い込みの2年間は失政や悪政が相次ぎ、余り芳しくないまま「カルテス時代」の幕を閉じようとしている。これを、口の悪い連中は、「全てブラジルのせいだ」という。
我がパラグァイは、ブラジルのセルジオ・モロ判事の如き、勇気のある正義漢が幾人あっても未だ足りないところだが、ブラジルでは2014年に件のラヴァ・ジャット大汚職事件の徹底的な捜査に踏み切った。
ここで、事もあろうに、カルテスが自分の「魂の兄弟=血誓の友」と呼んで憚らないイスラエル系のブラジル人で、「ドレイロ(為替洗浄犯)中の大ドレイロ」とブラジル当局が睨む、ダリオ・メッセルの名が浮かび上がった。
この人物はブラジルのラヴァ・ジャットに纏わる資金洗浄マネーロンダリングの組織構成の第一人者と目されており、パ国エステ市の彼の両替店Unique S・Aを通じて、主にブラジルやアメリカ等へ多額の闇金の送金を頻繁に行い、悪名高いブラジルの建設最大手企業オデブレヒトの国際大収賄事件に無関係ではないと言われている。
そして、メッセルは昔からカルテスのタバコ企業や金融事業の闇取引きと共に、政治の奥義・コツを伝授した、大指南役としても知られる。
そのように、カルテスとただならぬ「阿吽の呼吸」が合った仲であることによって、メッセルは異常な速さで、パラグァイで不動産や動産の膨大な蓄財を成し、一年前にはパラグィの国籍も取得している。
ブラジルがこの汎ラ米的規模の大スキャンダルについて一指も動かさず、または審査官や裁判官が事件黙殺の買収にでも応じていたなら、メッセルとカルテスの醜泥の不祥事は決して発覚はしなかっただろう。
いうまでもなく、国際刑事警察機構(INTERPOL、インターポール)の、メッセルに対する国際逮捕令状が来るまでは、パラグァイでは何ら当局の捜査協力の動きは無かった。
しかし、今度はインターポールの赤信号の逮捕令状で、事態は全て一変した。これで、見る限りは行政府レベルの不機嫌は最高潮に達した。
▼勝手に大使館をエルサレムに移転
そして、偶然、または因果的に複数の関連現象が生じた。例えばその一つに、政府がイスラエルの在テルアビブ大使館をエルサレムに移転する事を公表したこともある。
大変重要な事である。ラ米では、アメリカに続いてエルサレムに大使館を移転したのは、今のところグアテマラ、ホンジュラスとパラグァイだけである。(現にこの21日には、イスラエル訪問中のカルテス大統領はベンジャミン・ネタニャフ首相を迎えて、駐エルサレム新パラグァイ大使館の開設式を行った)。
ちなみに、カルテス大統領はこの大使館移転に関し、事前にマリオ・アブド・ベニテス次期大統領(通称「マリト」、46歳、8月15日に就任予定)に相談せず、マリトの顰蹙を勝った。
何故か? まさかマリト次期大統領の反対を知っていたからでもあるまい。
だが、この大使館のテルアビブからエルサレムへの移動は何の利得が有るのか? 差し当たりは、イスラエルのご機嫌取りだ。だがそれにも増して、アメリカ合衆国に追従する為と思われる。
そのような騒ぎの中、また追い掛ける様に今度はコンセプション市進出企業のブラジル資本の食肉加工冷凍工場Frigorifico Concepcion SA(ジャイル・デ・リマ社長)によるブラジル産牛肉180トン強のメガコントラバンドが発覚した。
珍しくもカルテス大統領は、税関局総長、農牧大臣、牧畜副大臣等を即座に免職したが、この人事更迭の波及がどこまで及ぶかは未だ分らない。
同企業は、現在パラグァイの牛肉加工会社中でも最大手で、全食肉輸出量の20~30%のシェアーを占めている。
今回の密輸は、今に始まった事でも無いと見られ、かつてブラジルで牛肉問題が起きて、外国輸出が一時禁じられた際には、同社はその肉を自社経由パ国産食肉として再輸出していた疑いもある。最近30有余年も営々として築いて来た、パラグァイ牧畜業の名声と信頼性に計り知れない、重大な影響を与え兼ねないと、業界では真に憂慮している。
▼全ては一つの震央を巡っての騒動である
カルテス大統領は、違憲にも拘わらず、先回の全国総選挙で上院議員に出馬・当選し、来たる6月1日に、次期国会開会式で就任宣誓する予定でいる。だが、そうは簡単に問屋が卸さず、果たして国会で承認に必要な得票率が得られるかは未知数だ。
なお、「マリト」次期大統領は政界の動きを鋭敏に感知し、内相に任命予定のDr・フアン・エルネスト・ビリャマジョールを介し、赤党コロラド内の自派Anetete純正赤党派の衆議員連にタバコ税を最高40%に増率すべく、投票を指示した。主に、カルテス大統領の密輸タバコ産業の安課税に対する改革案である。
他方、国際逮捕令状が出ているダリオ・メッセルは、今は行方不明でどこに居るか分らぬが、当地最高裁は同人のパラグァイ帰化国籍の剥奪を手続き中である。
これは、ブラジルのメッセルの身柄引き渡し要請に対し、本人がパラグァイ国籍を口実に屁理屈を弄し、徒に問題を左右させない為だ。
例のデリケートな、イスラエル駐在パラグァイ大使館のテルアビブからエルサレムへの移転については、「マリト」は慎重で、「8月15日の就任後、良識な大人の熟考をもって、一つの外交問題として考慮し、結果次第では、その撤回も有り得る」と述べた。
これ等は、現カルテス大統領との一連の協和態勢の亀裂である。
マリト新政権には、多難な茨の道が待ち受けて居る。だが、有識者の間ではマリトは未だ若年だが、非常に良い政治素質を持っていて、組閣人事の適正次第では、正に時節に適応した善政が行えるだろうと言う意見である。切にそうあって貰いたいものだ。
要は、辺りが足ばかり引っ張らずに、彼のガバナンス統治力を邪魔しない事が大切だと言う。
さて、それはそれで一つの理想論として誠に結構だが、当地の政治風土では、果たして左様に崇高な政治文化はパラグァイに限らず未だ多くの国々でも求められず、機能もしないのが遺憾ながら現実の問題である。
しかし、少なくともこれまでの政権よりも、多少はましな新政府を「マリト」に期待するのは酷だろうか?
ぜひマリトには、パラグァイの歴史に残る善政を願いたいものだ。