第一号店のオープンから6年が経ったダイソーブラジル(大野恵介社長)。昨年だけで11店舗を新たにオープンし、快進撃を続けている。一筋縄ではいかないブラジルの税制、治安問題に直面しながらも「勝ち続けてきた」理由とは。大野社長(47、兵庫県)が独自の経営方針と社員教育について語った。
店内には約5千のカラフルな商品がずらっと並び、客は可愛いキャラクターグッズや便利な生活用品に興味津々だ。ダイソーは現在、サンパウロ州内に25店舗を展開し、そのほとんどがショッピングモール内にある。大野社長の理想は「ショッピングモールの中のエンターテイメント」。ほしいものを手に入れるだけでなく、来て楽しい店づくりを目指している。
ジェトロ・サンパウロ事務所の山本祐也さんは、「物品小売業でブラジルに進出したのはダイソーだけ」と話す。小規模案件を中心に進出の相談を受けることはあったが、どれも実現には至らなかった。輸送費や関税のコスト高に加え、複雑な税制がネックとなる。
ダイソーの商品はほとんどが7・99レアル(約240円)。日本で買うより2倍以上の価格だが、それでも収納用品、弁当箱などの便利グッズはブラジルで一般的でなく、その値段でもよく売れる。
水で汚れを落とせるメラミンスポンジも発売当初、同じようなものが出回っていなかった。客が使い方を知らなかったので、陳列棚に商品の説明を添えるなどし、今では人気商品だ。
告知手段はほとんどフェイスブックのみで、同社のページには新店舗や新商品の情報、商品の使い方を解説した動画などが投稿されいる。これらの情報はページをフォローする26万人の目に触れていて効果は絶大だ。
ダイソー第一号店は2012年、幅広い客層を想定して、服屋や家電量販店などが立ち並ぶサンパウロ市の旧市街に開店した。15年にそれまでより生活水準が高い地域に出店したところ、店の雰囲気や接客が好まれ高い売り上げを記録した。
それ以降は比較的所得が高い層をターゲットに出店を続けている。昨年はサンパウロの商業中心地・パウリスタ大通りなどに11店舗をオープンした。
「そう簡単に命って奪われないでしょ」
順風満帆のように見えるダイソーだが、大野社長は「今が一番辛いとき」と話す。2015年から続く不況で失業率が高止まり、消費は長らく冷え込んでいる。
また16年にレアルが最安値を更新。今もレアル安が続いている。財務担当者の岩田功(いさお)さんは「国外から大量に商品を仕入れるダイソーは半分、輸入業者みたいなもの。為替の影響は大きい」と話す。
ただ、なるべく商品価格に反映させないつもりだ。大野社長は「こういうときこそチャンス。努力すれば他と差をつけられる」と歯を食いしばる。
進出当初から多くの障害に直面してきた。輸出入業者の登録と通関に悪戦苦闘し、なんとか一号店のオープンにこぎつけた。店の看板がつけられたのは開店当日、朝4時だったという。
開店から半年後、政治不満を原因としたデモが暴徒化し、店内を荒らされた。そのほかにも治安上のトラブルで何度も苦渋を味わっている。大野社長は「ブラジルで営業するなら当然あるものだと思っている。どんなにボコボコにされたって、そう簡単に命って奪われないでしょう? これくらいは乗り越えますよ」と話した。
大野社長は元日本フライ級3位のプロボクサーだった。2001年に来伯し、東山農場の取締役や日系進出企業の現地法人の社長を務めたが、「ボクサー時代が一番辛かった」と振り返る。日本一を目指し毎日ハードな練習を積み、減量にも励んだ。しかし練習以上に、どんなに努力しても勝てない現実に苦しめられた。
「勝つためには相当な努力をしてもまだ足りない。今もまだまだ甘いと思っています」。ボクシングで培った不屈の闘志と勝ちにこだわる姿勢が、ダイソーの経営にも貫かれている。
勝ちのメソッドは従業員の主体性
大野社長に取材を申し込むと「全体会議を見に来ませんか。私たちの経営スタイルが分かると思う」との返答。さっそく、会議があるという旧市街の第一号店に向かった。月に2回行われる全体会議には数店舗を統括するエリアマネージャーや各店舗の店長、副店長らが出席する。この日は約60人が集まった。
冒頭、ひとりのエリアマネージャーが、京セラの創業者・稲盛和夫氏の経営理念のひとつをポルトガル語で読み上げた。「率先垂範する」。人に先立って模範を示すことだ。
理念の読み上げは稲盛氏の経営哲学に共感した大野社長の発案で始まり、会議のたびに行われている。当初は大野社長が従業員に読み聞かせていたが、今は理念の重要性を理解したエリアマネージャーたちが自ら行っている。
また、3年前までは約3時間の会議をすべて大野社長ひとりで進行していたが、この日社長が前に出て発言したのはたったの15分程度。「彼らに役割を分担できるようになって会議の質が上がった。こうなったら勝ちですよ」とにやりと笑った。
副店長のリア・サイトウさん(48、2世)は服屋で接客をしていたが、4年前からダイソーで働き出した。服屋よりもダイソーは商品数が比べようも無いほど多い。「大変ではないか」と尋ねると、「前の店ではやらされて仕事をしていたけど、ここでは自分で考えてやっている。ずっと楽しいわ」と答えた。
従業員は約600人で、大学を卒業している人は珍しい。計算に対する苦手意識を取り除くため、終礼時に計算ドリルをやらせている。レジ打ちが速くなり、数字だらけの会議資料も関心を持って読まれるようになった。
大野社長は「ここの従業員は学歴がなくてチャンスがつかめなかったり、給料の安い店を転々とし、虐げられた人たち。教育して仕事を任せれば、ダイソーの一員としての自覚を持って働いてくれる」と話した。
「店をたくさん開ければ良いわけではない」
今月中に大手スーパー「ポン・デ・アスーカル」ジャバクアラ店での商品取り扱いが始まる。すでに日系スーパー「ヒロタ」では販売されていたが、今回の「ポン・デ・アスーカル」はブラジル最大の小売業者GPAが運営しており、店舗数も桁違いに多い。これが成功すれば、販売拡大の大きな足がかりになる。
今後も年10店舗のペースで増やす予定で、他州への出店が目標だ。ただ、ブラジルは州が変わると税率が変わるため、商品数が多いダイソーは大量の書類を提出しなくてはいけない。労働条件もサンパウロ州とは異なるため、かなりの労力を要する見込みだが、今年中にパラナ州クリチバでの開店を目指している。
一方、大野社長は「従業員の幸せやお客様の満足を損ねてはいけない。必ずしも店をたくさん開ければいいということではなく、そのバランスが難しい」と話した。
この日の会議では、知的障害のある子供に親切な対応をした従業員が表彰された。子供の母親が従業員の対応についてフェイスブックに投稿し、それが広まった。
大野社長は「数字だけでなく人間性も評価する。店の雰囲気が良ければ、おのずと売り上げも上がる」と話した。
実際、会議に参加した全員がリーダークラスながら約半数が20代。昇進の条件は業務経験ではなく「人間的に優れていること」だ。
ダイソーに似ている中国発の雑貨店「メイソー」について尋ねると、「取り扱う商品が違うし、商品数がぜんぜん少ない。競合相手ではない」と言う。記者が「メイソーが『日本のデザイン』をうたっていて、やはりダイソーを思わせる戦略ではないか」と質問を重ねると、「メイソーがどこまで出来るか楽しみ。人材育成で差が出てくると思う」と自信を持って返した。