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明治維新と日本人移民=(独)国際協力機構理事長 北岡伸一=(下)

(4)日系人と日本

 150年の時を経て、全世界で約360万人の日系人がおられます。
 150年の間には、ハワイ生まれの日系二世、米国日系人初の上下両院議員となり、50年近く上院議員を勤められていたダニエル・ケン・イノウエ議員を始めとして各国の政界、学界、企業、スポーツ界、芸能界など様々な分野で人材を輩出し、今現在も多くの方々が活躍されておられます。
 先の太平洋戦争では、米国や中南米の国では日本人、日系人の方々が強制収容所に隔離されました。日本では書籍や食料品など、赤十字社を通じて支援致しました。
 反対に1945年敗戦後に、在米日系人や中南米の日系人の皆様が中心になって祖国日本を心配して、粉ミルクなどの食料品や衣料等を「ララ物資」として送ってくださいました。
 このことに感謝する意味を込めて開催されたのが1957年5月国際連合加盟記念海外日系人親睦大会、即ち第一回海外日系人大会でありました。
 そして、2011年3月11日、未曽有の大惨事となった東日本大震災。この時もまた、多くの国からの支援はもちろんのこと、日系社会の皆様からも金銭、物品等の支援を受け、今なおその支援は続いています。
 遠くにいても、どうしているかなと「気にかける」、「気にかけられる」、互いのこころをつなげる、これはまさに国際協力の原点であり、こうした原点を日系人の皆様と一緒に紡いできたということは、大変誇らしいと感じています。
 私は、昨年2月、アルゼンチン、ブラジルを訪問し日系社会のみなさんと意見交換をさせていただきました。
 特にブラジルでは、1908年第一回移民船である笠戸丸が到着したサントス港や同地にある老人ホームを訪れ入居者の方々のご苦労を聞かせていただきました。
 アマゾン地域にあるトメアス移住地も訪問し、日本とは異なる熱帯の地で農業協同組合を中心に日系人の方々が力を合わせて町を発展させてきた姿を目に焼き付けたところです。

今週から海外移住資料館で始まったブラジル日本人移民110周年記念展示の中の「活躍する在日ブラジル人」(写真=JICA提供)

今週から海外移住資料館で始まったブラジル日本人移民110周年記念展示の中の「活躍する在日ブラジル人」(写真=JICA提供)

(5)JICAの日系人施策の展望

 さて、私ども独立行政法人国際協力機構、JICAは、前身の一つが政府や各都道府県と一緒になって中南米への戦後移住を促進して参りました。
 現在では、日系社会支援事業として、第一に高齢者医療や福祉対策、第二に日本語教育を中心とした日系人の人材育成のための支援、第三に知識普及事業として、海外移住資料館を拠点に、海外移住・日系人社会に関する国民への啓発・広報、学術的研究など、海外移住に関する知識を普及する業務を行っております。
 例えば、日系社会の皆様からのたくさん要請がある「日本語教師」、「看護師」、「老人ホームでの介護職」、「野球、柔道、バレーボールといったスポーツ」よさこいソーラン、着付け、琴演奏指導といった「日本文化」など様々な分野で日本人をボランティアとして派遣したり、あるいは逆に日本に受け入れて学んでもらっています。
 また、中学・高校・大学生の日系の方々を日本へ呼び、一か月間程度、それぞれ日本の中学・高校・大学生生活を体験してもらったり、大学院生レベルでは留学の機会を提供しています。
 研修や留学を終え、それぞれの母国で活躍したり、中にはJICAがブラジルやメキシコなどの国と一緒になって他の国を支援する時の日系人専門家として活躍する場合も出てきています。
 また、横浜の海外移住資料館では、世界中に移住された日本人や日系人の歴史や暮らしを知ってもらえるように収集資料の展示やメールマガジンなどの対外発信を行ったり、移住資料館で開催した企画展示を再度各県で巡回展示し日本全国の方々に移住について関心をもってもらおうとしているところです。
 最近では横浜で開催した福岡移民に関する企画展を、引き続いて福岡県内の博物館やメキシコで開催された県人大会でも同様に展示し、福岡県人の雄飛した歴史を学んでもらいました。
 2014年、2016年と安倍総理が中南米を歴訪され、日系社会との連携強化を強く打ち出されました。2017年には、外務大臣の下に「中南米日系社会との連携に関する有識者懇談会」が開催され、学会の先生方、全国知事会会長、日本経済団体連合会の方と私も委員の一人として議論に参加致しました。
 こうした議論を踏まえ、JICAでは従来から実施している事業をより魅力的なものにしていくとともに、日系社会との絆を一層深めることはもとより、日系社会を核として、非日系人の方も含めて日本に関心を持っていただく方、親日派、知日派の方々を増やしていきたいと考えております。
 具体的に次のようなことを考えています。
 第一に、各国日系社会の資料館のみなさまと私共のJICA海外移住資料館のネットワークの強化です。多くの方々がこれらの資料にアクセスできるよう努めます。
 第二は、日本の近現代の開発と発展の歴史に関する授業科目の開設を大学とJICAが連繋して行い、こうしたコンテンツを広く英語やスペイン語といった言語で世界各地域に発信していくことです。
 加えて、海外展開にあたっての重要なパートナーが各国の現状を知る日系企業の皆様です。日本の企業と各地の日系企業の皆様との仲立ちをする、ネットワークのお手伝いをするということもJICAではより一層促していきます。

(6)最後に

 2017年、JICAは「信頼で世界をつなぐ」をキーワードに、新たなビジョンを定めました。信頼は、日本の開発協力の根幹をなす概念です。
 常に相手の立場にたって共に考える姿勢で臨む協力により、国内外の幅広いパートナーとの信頼を育む。人や、国、企業が持つ、さまざまな可能性を引き出し、人々が明るい未来を信じ多様な可能性を追求できる、自由で平和かつ豊かな世界を築いていく。
 そして、人びとや国同士が信頼で結ばれる世界を作り上げていくことを、JICAは目指していきます。
 各国の日系人のみなさんが何世代にもわたって信頼を築き上げてきたように、JICAも信頼で世界をつないでいきたいと考えています。
 そのための大切なパートナーが日系社会のみなさまです。
 ところで、日本に対する高い評価の例として、最近、面白い事例があります。
 2年前、エジプトの大統領が来られて、日本式の小学校を200校作りたいと言われました。私は、「大丈夫ですか、日本では子供達が学校を掃除するのですよ」と言ったところ、それがいいんだ、それをやりたい、と言われました。
 今年、エジプトに行ったら、もう実験校が始まっていて、そこではクラス会や、音楽の授業や、体育の授業、家庭科の授業が、立派に運営されていました。手洗いには石鹸があり、子供達が廊下を掃除しています。大統領に感心したと申し上げたら、そうでしょう、ぜひ成功させたい、ついては校長先生に日本人が欲しい、200人出してほしいと言われました。いや、やはりエジプト人がいいのではないでしょうか、といって、帰ってきたのですが、日本の学校のしつけが大変評価されているのは嬉しいことです。
 1905年、日本が日露戦争に勝利したとき、元老の山県有朋は、これは西洋文明をよく学んだ日本が、そうでないロシアに勝っただけで、決して日本の本質的優位を証明するものではないとして、おごりを戒め、さらに努力することが必要だと述べました。しかし日本は日露戦争の勝利以後、自信過剰と驕りに陥りました。その帰結が敗戦でした。
 日本は1980年代の末、経済の絶頂に到達し、もう他国に学ぶものはないという人も少なくありませんでした。そのような驕りから、経済の停滞が始まったわけです。現在、そこから抜け出しつつありますが、まだ完全に抜け出したわけではありません。
 しかし、エジプト大統領が感嘆したような日本の基礎的な力は健在です。いまこそ150年前の明治維新を思い出し、もう一度ダイナミックな歩みを始めるときです。
 そして、海外の皆様に、やっぱりわれわれの祖国はすごいと、いつも言われるようにならなければなりません。明治維新150年、日本人移民150年の今、かつての活力を思い出して、皆様の期待に応えられるよう、全力を尽くさなければならないと考えております。