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日本移民110周年=サントス日本語学校の完全返還=ようやく訪れた「本当の終戦」=(4)=戦勝情報というフェイクニュース

サントス強制立退き者の名簿(写真=松林要樹さん提供)

サントス強制立退き者の名簿(写真=松林要樹さん提供)

 当り前だが、戦争中はどんな精神状態の人でも祖国に帰るという選択肢はなかった。そして、ヒトは抑圧され、バカにされると「いつか見返したい」「誰かが仕返ししてくれるはず」という希望を抱く。それが「日本軍が上陸してブラジル政府を罰する」という幻想につながった。
 だから、「日本民族は世界一」的な言説によって自尊心を維持する心境が強くなる。この心の病が「勝ち組」という精神状態の根本にある。
 邦字紙は1941年に強制停刊させられ、唯一の日本語情報はこっそり聞く「東京ラジオ」(短波ラジオのNHK国際放送)だけ。ここでは毎日、大本営発表が延々と垂れ流され、いかにも日本が勝ち続けているかのようなニュースを聞かされた。
 当然、欧米経由の戦争報道が掲載されたブラジルの新聞は「連合国のプロパガンダ。本当は日本軍が勝っている」という常識が、同胞社会内には定着した。だから1945年8月にブラジルの新聞が日本敗戦を報道し、東京ラジオからも終戦の勅諭が放送されても、移民にはにわかには信じられなかった。
 移民にとっては「日本敗戦=日本消滅、天皇家断絶」という先入観が強く、「天皇制が続いている」=「本当は負けていない」と思い込む傾向が強かった。敗戦は、すなわち「帰る場所がなくなる」「錦衣帰郷するという人生設計を根本からひっくり返される」という大問題だった。
 だから移民たちは日本敗戦の情報自体にはたくさん触れたが、素直に受け入れられる心境ではなかった。敗戦は、自分がよって立つ土台が根本からひっくり返されることであり、心の底から日本には勝っていてほしかった。日本を渇望する郷愁病が癒され、ブラジルに骨を埋めざるを得ない状況に納得するまでには、10年余りの歳月が必要だった。
 発狂者が続出するような移住環境に耐えきれず、精神的なトラウマが負った「傷負い人」が勝ち負け抗争の双方において過激な行動に走り、お互いに傷つけあったのが現実だろう。これを単なる狂信だと責めることは、酷だと思う。
 当時日本政府にキチンとケアできる余裕があれば、本国に送り返されただろう人々が野放しにされた。とはいえ、終戦直後の100万人規模の満州引き揚げ者の対応に明け暮れていた日本政府に、そんな余裕はまったくなかった…。

若き日に作った会報「アンデス」の戦勝情報

 上さんの話を聞くうちに「紙つぶて」作戦は、実は23歳ころから始まっていることが分かった。モンテ・アレグレ植民地時代、1945年8月1日、上さんがいた青年団文化部が会報「ANDES(アンデス)」を発行し始めた。
 2016年9月に自宅へ取材に行った折り、大事にしまってあった実物を見せてもらった。B5版の手書き、ガリ版刷りの小冊子だ。
 第1号には朱書きで「本誌は絶対に外人の目に触れざる様に」「一覧後は、特に保管者の許可なき限り貸出は許さず」などと注意書きが書かれている。閲覧は同志の間だけの極秘理に行われたことが分かる。
 これが官憲に見つかれば、間違いなくDOPSの留置所行きだった。すごい緊張感の中でこっそりと閲覧され、仲間内の連帯感をより高めるような役割を果たしたに違いない。だからこそ上さんは70年経った今も大事に、大事に保管していた。
 この小さな、小さな会報には「大日本帝国が戦勝した」という情報が満載され、日本移民はブラジルにおいても日本臣民として臣道実践をすべきだとの論説が次々に出てくる。いわゆる当時の「勝ち組雑誌」そのものだ。
 上さんが1946年2月にリンスへ転居するのを機に6巻で廃刊となった。46年1月に出た最終号の巻頭には、こうある。《東亜の聖戦も大日本帝国が大勝利のうちに終結を告げ、虐げられた数億の東亜諸民族は、貪欲非道なる英米仏蘭の手から◎◎(判読不明)日本に依って救い出され、日本を盟主として大東亜共栄圏の確立に邁進しつつある》。くりかえすが、終戦翌年の1月にこう書かれている。
 「負け組」の認識派史観からすれば、単なる「戦勝デマ」「戦勝ニュース」かもしれない。いま流行りの言葉でいえばフェイクニュースだ。
 だが、その行間には青年期特有の情熱が溢れ、幼い頃に引き離された祖国日本への熱い想いがほとばしっている。当時の同胞社会の8割が勝ち組だったことを思えば、ここにこそ当時の移民大衆の深層心理があったと思えてならない。これを「デマ」と否定して直視しなければ、移民大衆の本当の心情を推し量ることはできない。
 これを読んで、上さんがなぜ陸軍を怖がりもせずに指をさし、私に「いつかコロニアに返されないといけない。だからそのことを記事に書いてくれ」と繰り返し言ったのかが、初めて分かった気がした。(つづく、深沢正雪記者)