「国連人権委員会」というのは不思議な組織だ――17日付グローボ局ニュースが《Comitê de Direitos Humanos da ONUがブラジルに対し、最終判決が出るまでルーラの立候補を妨げないよう勧告した》と報道したのを聞いて、そう感じた。
7月にルーラ弁護陣から同委員会へ行われた申し立てを受け、大統領選への立候補登録を終えた絶妙なタイミングで、ブラジル政府に勧告してきた。
まるで中立的な国際組織でなく、左派政党の国際擁護機関の様だ。
これはルーラの犯罪を立証するためにコツコツと検証を積み重ねてきたブラジル司法や、ラヴァ・ジャット作戦を支持する大半の国民に対する侮辱と感じるような勧告だ。
ところが、よく調べてみると「Comitê」という組織が良く分からない。「国連人権委員会」の正式なポ語訳は「Comissão das Nações Unidas para os Direitos Humanos」だから、これではない。おまけにこの組織はすでに存在していない。
06年3月に発展的解消をして「国際連合人権理事会(Conselho de Direitos Humanos das Nações Unidas)になった。ならばComitêは何か? Comissãoよりも権限が小さい組織のはずだ。
ジャーナリストのカルロス・アルベルト・サルデンベルグがG1ブログ(https://goo.gl/YB1H9Q)で、これは一種の「国連フェイクニュースだ」と暴露していた。Comitêは《(国連とは)別個の学術専門家18人による組織で、命令や決定に関わる判断をする能力はない》《国連サイトにはスーパーヴァイザー、監視人の役割とある》という。
つまり正しくは「諮問委員会」だ。
そんな権限のない組織が出した、しかも「Information note」(情報ノート)というタイトルの文章が、あたかも47カ国を代表する外交官が集まった人権理事会で決議されたかのような印象を与えるような報道のされ方をした。
それがフェイクニュース的だとサルデンベルグは批判した。しかもこのニュースが最初にBBCによって報じられた先週の金曜時点では、この情報ノートは正式に広報されておらず、彼は「Comitêがリークして報道させた可能性がある」と示唆している。
その証拠に、ルーラの弁護士は同ニュースを受けて記者会見を開き、《国連の勧告にはブラジル司法は従うべきだ。これは選択の余地のあるものでなく、命令と受け止めるべき》と強く批判している。
「国連人権委員会」といえば08年、日本政府に対して慰安婦(日本軍性奴隷制)問題に関する完全な解決を要求したあの機関だ。PTを、日本の左派団体に置きかえれば、たしかに同じような構図にみえる。
民主党のオバマ政権の「人権担当のアメリカ国連大使」キース・ハーパーですら、06年の設立から09年のアメリカが理事に選出されるまでの間、人権理事会を牛耳っていたのは中国やキューバ、パキスタンのような人権抑圧国家だったと批判している(ウィキペディア)。
その米国自体が今年6月に同理事会を脱退した。6月20日付BBCジャパン電子版は《ニッキー・ヘイリー米国連大使は19日、米国が国連人権理事会を離脱したと発表した。同理事会は「政治的偏見のはきだめ」だと批判している》と報じた。
今回のルーラ弁護に関する勧告からも、国際的な「政治的偏見のはきだめ」の雰囲気をプンプンと漂わせている。同理事会の理事には、選挙すら行なわれていない中国やサウジアラビアも入っており、「人権を他国に強いる資格があるのか」と批判を浴びている。
だいたいルーラのことより、200万人以上が逃げ出しているベネズエラ国民の人権の方が、南米においてはるかに大問題ではないか。
ルーラを大統領選に出馬登録したこと自体、中産階級的な常識では理解できない。「服役中の囚人」が大統領選に出馬できるのであれば、「ブラジルは何でもありの国」と世界に公言するようなものではないか。
その無茶な出馬登録をうけて、連邦検察庁が高等選挙裁判所(TSE)に対し、同氏の出馬登録の是非を決める審理を早く行うよう圧力をかけている。
大統領選のテレビ宣伝が8月31日から始まるからだ。PTとしては数日間だけでいいから、ルーラを大統領候補とするテレビ宣伝を大々的に流したい。そうすることで国民の3割強をしめる〃ルーラ教信者〃の信心を呼び起こし、それをハダジ候補に乗り移させる戦略のようだ。
通常であれば、TSEの審理は9月半ばまでかかり、その間はルーラのテレビ宣伝は流される。だが連邦検察庁としては、ルーラが現れるテレビ宣伝の期間を極力縮めたい。そのせめぎあいが行われている。そんなさなかに国連人権組織が横やりを入れてきた訳だ。
フィッシャ・リンパ法は、第二審で有罪判決を受けた人の選挙立候補を明確に禁止する。
そもそもこの法律自体が2010年6月、ルーラが大統領として承認し発効させたもの。その本人が同法を否定すること自体、自分の生き方の一貫性のなさを如実に表している。と同時に、自らが裁可した法律によって元大統領が服役している事実は、政治的な迫害どころか「法の下の平等」「民主主義の実践」の何よりの証拠だ。
PTの選挙戦略を聖書になぞらえて言えば、こうなるのではないか。
〃救世主〃として貧乏人を救おうとしたからルーラは金持ち階級から嫌われ、政治的な迫害を受けて犯罪者に仕立て上げられた。貧困層を救おうとした〃罪〃を背負って、ラヴァ・ジャット作戦で十字架に張り付けにされた(服役)。
でもルーラは救世主であるから大統領選で〃復活〃(テレビ宣伝で大々的に国民の目の前に現れる)する。その威光は使徒たち(ハダジ正候補、ダビラ副候補)に引継がれ、ルーラ教は完成する…。(深)