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「樹海」拡大版=何が〃救世主〃ボルソナロを生んだのか?=国民が持つ既成大政党に対する絶望感、PT政権復活への恐怖、大不況による経済的切迫感

ボルソナロ連邦下議(当時、Foto: Marcelo Camargo/Agencia Brasil)

ボルソナロ連邦下議(当時、Foto: Marcelo Camargo/Agencia Brasil)

 「絶望感から来る救世主願望」――ボルソナロ(PSL)が大統領選の一次投票で46%を獲得、ダントツ1位になった勝因を一言で表せば、そうなるのではないか。これは「既成大政党への絶望感」「相互嫌悪の連鎖」「PT復権への恐怖」「長引く戦後最悪不況への経済的な切迫感」などが背景にある。ただし、決選投票でPTのハダジ候補(今回29%)が勝つ可能性が十分にあり、本当の勝者はこれから決まる。ここでは現段階までに、ボルソナロがなぜこんなに支持率を増やしたのかを考えてみたい。(深)

 ボルソナロ刺傷事件は、彼の選挙運動において〃幸運〃をもたらした。この事件でマスコミの注目が一気に高まり、同情票を呼ぶと同時に、テレビ討論会に出て化けの皮を剥がされるのを逃れられたからだ。

ハダジ候補(中央、Ricardo Stuckert)

ハダジ候補(中央、Ricardo Stuckert)

 この事件の直後、PTはルーラの後任にハダジを選んだ。これが相次いで大々的に報じられ、政局の両軸となって刺激し合い、二極化構図に油を注ぎ合う形になった。そのせいで、アウキミンやマリナら第三極的な候補への関心が遠ざかった。
 経済最悪の状態がズルズルと続くことへの危機感と経済的な切迫感、解決策を打ち出せない現政権への絶望感…。救世主願望の根底には、そのような不安心理がある。
 その不安感という種火に油を注ぐ役割を果たしたのは、ワッツアップ(WhatsApp)やフェイスブックなどのSNS上の攻撃的なやり取りとフェイクニュース(虚報)だ。そこは、選挙裁判所やフェイクニュース監視委員会の目が届かない盲点だ。
 大手メディアからの客観的なニュースではなく、お互いの憎悪(Odio)を刺激し合う感情的なコメントが加えられたフェイクニュースに加え、コメント欄に書きこまれる中傷合戦の応酬の中で、憎悪と恐怖感ばかりが高まっていった。そのため、普段は理性的な有権者までが不安感に駆られて両極端に走った。

▼SNSと調査報道が相まって、ダイナミックに支持率変動

 火に油を注いだもう一つの要因は、週2回もある支持率調査の報道だ。これにより、有権者は敵対陣営の支持率が伸びたという不安感とライバル心を常に刺激されたことで、ダイナミックに支持率の数字が動いた。
 支持率調査で「決選投票ではボルソナロは負ける」という結果が報道されるたびに、ボルソナロ支持者は気合を入れて「1次投票で勝たないとPT政権が復活する。危ない」という危機感を膨らませ、本来は中道派にいた反PT派などをどんどん吸収して支持率を増やしていった。その結果、どんどん両極端が膨らんでいく現象が選挙期間中に起きた。
 今選挙最大の特徴は、このようなワッツアップやフェイスブックなどSNSの影響の大きさだ。裏返せば、テレビの選挙宣伝放送の影響力が弱くなった。伝統的にはテレビの放送時間が長い候補が、最終的に勝つという必勝パターンが、今回は明確に否定された。
 8月6日付インフォマネー誌電子版によれば、アウキミンを推すPSDBは、テレビ選挙宣伝放送時間(12分30秒中)の44%(5分32秒)を抑え、それとは別に毎日12・4回のCM放送、2016年選挙で53%の市長を擁立し、4300万レアルを大統領選のために準備した。
 対するPTは、テレビ宣伝時間の20%(2分29秒)、毎日5・5回のCM、7%の市長、選挙資金に至っては、PSDBよりも多い5千万レアルを用意した。
 それが、ボルソナロのテレビ宣伝時間はわずか8秒。CMは3日に1回、市長は1%、選挙資金はたった100万レアルだ。比較にならない。選挙活動はインターネットとSNSに集中し、良くも悪くもメディアで話題にされることで、テレビ宣伝時間がわずかであるマイナスを凌駕した。
 そんなボルソナロが、「既成大政党」の候補に圧勝した意味は大きい。

▼「右派」という位置づけと既成大政党への絶望

 ボルソナロは「アウトサイダー」(部外者)という立場を強調した。汚職イメージの強い既成大政党とは距離をおき、選挙戦でも組まなかったことで、既成大政党に絶望感を持つ有権者を惹きつけた。連立を組めばテレビ宣伝時間が劇的に増えただろうが、それよりも「距離をおく」という位置取りを重要視した。
 マスコミはボルソナロを「極右候補」と位置付けるが、本人はあくまで「中道右派」と自称する。この「右派」という位置取りが、有権者にとっては新鮮に映った。
 というのも、軍政から民政返還されて以来、ブラジジルには本格的な「右派政党」は存在しなかった。軍政アレルギーから右派と自称する政治家はもちろん、政治評論家すらいない極端な状況が続いていた。「本当は右なんだが、左と言わないと受けが悪い」という人たちがたくさん居たなか、ボルソナロが正面切って「右派」を前面に出したインパクトは大きかった。
 右派ボルソナロの登場により、PTとPSDBが大統領選挙の主役をはっていた時代は終わった。

▼政局の中心にならなかったマニフェスタソンの旗手たち

昨年3月のマニフェスタソンで。ロジェリオ・シェケル率いるVPR(Movimento Vem Pra Rua)

昨年3月のマニフェスタソンで。ロジェリオ・シェケル率いるVPR(Movimento Vem Pra Rua)

 「抗議行動(マニフェスタソン)の旗手たち」は政局の中心にならなかった。2013年から大規模抗議行動が繰り返して盛り上がり、その中でジウマ罷免が実現された。大衆の動きが最終的に政治を動かしたという、民主主義的な達成感があの時にはあった。
 だが、あの時にはマニフェスタソンの本質を見抜いていなかったと痛感する。あの時、パウリスタ大通りでのマニフェスタソンの主役はロジェリオ・シェケル率いるVPR(Movimento Vem Pra Rua)、キム・カタギリ率いるMBL(Movimento Brasil Livre)だと思っていた。
 しかしMBLは選挙運動直前にフェイスブック社からフェイクニュースを流すアカウントとして削除された。にも関わらず、カタギリは今回46万票で当選してそれなりに存在感をみせた。だが、シェケルは今回、サンパウロ州知事選に出馬して1%すらも支持されなかった。

▼マニフェスタソンの本当の主役は?

 逆に、マニフェスタソンの時に、ひっそりやっているように見えた軍政支持者たちのグループが、今回の政局になった。彼らこそが抗議運動の影の主役だったのだ。
 奇しくもこの5日に、1988年憲法は発布30周年を祝った。この憲法は、軍政を倒して民政が復帰しことを一番象徴するものだ。「民主主義の勝利」をブラジル近代史に刻む金字塔だ。
 だが今回から分かることは、ブラジル国民の大衆感情の中では、PT的な方向性より、ボルソナロ的な親軍政路線の方が受入れられやすいという現実だ。
 今も軍には、安定した信頼感が国民から持たれている。17年6月24日付フォーリャ紙によれば、ダッタフォーリャ社の信用度調査で、最も国民から信用される組織は「軍」だった。国民の40%が「とても信用する」、43%が「少し信用する」、15%が「信用しない」、2%が「知らない」だった。

昨年3月のマニフェスタソンで。軍政復活を呼びかける街宣車

昨年3月のマニフェスタソンで。軍政復活を呼びかける街宣車

 軍政への嫌悪感が強いことは間違いないが、かといって軍への高い信用は揺るがない。これは、軍人出身のボルソナロを後押しする要素だ。
 同じ調査で、特徴的なのは「政党」への信用の低さだ。「とても信用する」がたった2%。28%が「少し信用する」、なんと69%が「信用しない」という結果になっている。
 つまり、PTにしてもPSDBにしても信用度が低い「政党」であり、逆にボルソナロは信用度が高い軍出身であることは、好評価に作用した背景がある。

▼ある二世記者の理性的な判断とメシア願望

 投票直前の先週金曜日、ある二世記者に「誰に投票するんだ?」と尋ねた。すると彼は「ハダジだ」と即答した。彼の付き合いの筋や言動からすれば、あきらかに反PTに見えたので、かなり意外、間違いなくアウキミンだと思っていた。
 そこで「なんでアウキミンじゃないの?」と畳みかけると、「今回PSDBはエンジンがかかるのが遅すぎ、完全に失敗。今のままだと何の経験も政策もないボルソナロが大統領になる。彼は何をするかまったく分からない。それならば、良くも悪くも13年間、政権をとったPTの方がマシ。ただし、盗むのは控えてもらわないと、ね」と苦笑いをした。
 さらに「どうして戦略投票をしないの?」と聞くと、「今のブラジルの失業率は最悪の状態。多くの国民の心中に『すぐに何とかしてくれ!』という切羽詰まった願望がある。だから、今までとあまり変り映えがしない中道候補ではモノ足りない。すぐにでも、この国の政治・経済を良くしてくれるような過激な候補を望んでいる。だから、右と左の両極端に票が集まるんだ」と解説した。
 ボルソナロ人気が沸騰する原因となったのは、PT政権がバラマキ政策で巨大財政赤字を残したことに起因する大不況だ。それを理解した国民は大挙して反PTに回った。
 これは、絶望的な経済状況下における救世主願望だと直感した。理性では抑えられないぐらいに不安や恐怖が高まった大衆からは、メシア願望が現れるようだ。

▼PTの誤算、結果的に生んでしまった虚像

 2013年から右肩下がりが続く。「もうドン底まで来た。後は上がるだけ」と思ったら、その底に突然大穴が開いて、さら落ちることを繰り返してきた。ジウマ罷免、JBSショック、テメルへの2度の罷免審議、トラックストなど休む間もない。国民は心の底からいまの状況にウンザリしている。「すぐに何とかしてくれ!」というストレスがボルソナロに向かっている。
 そんなボルソナロを作ったのはPTの責任だと、シーロ・ゴメス候補は4日晩のグローボ局の討論会でハダジにぶつけた。
《本来PSDBが担ってきた反PTの役割を、ボルソナロはただ入れ替わるだけでなく、さらに進化させた。PTはボルソナロをそうなるように育てた。なぜなら、ボルソナロは機を見るのに敏な選挙上手だが、PTにとって「勝つには簡単な相手だ」と思ったからだ。ボルソナロは反PTが売りだが、その実、PTを引き立たせるための〃商品〃でもある》(5日付Veja電子版)と批判した。
 PTにとって、元軍人で、女性蔑視、同性愛嫌悪というボルソナロの特性は、格好の攻撃の標的だった。ハダジは「我々はこんな怪物を作っていない」と反論した。
 マリナの副大統領候補エドゥアルド・ジョルジもマリアナ・ゴドイのTVインタビューで「嫌悪は伝染するのか?」との問いに答えて、「嫌悪には歴史がある。今回の選挙の特徴となっている嫌悪は、元々ルーラが植え付けたものだ。極右と極左が両側から怒鳴り合う構図は、何年もかけてルーラが作り上げてきた」と興味深い分析をしている。彼はPTの元連邦下議であり、緑の党結党時に独立した。PT内部をよく知る人物だ。
 ルーラ演説の特徴は「Nos」(我々)と「Eles」(彼ら)を明確に分けて、「Eles=国民の敵」を標的に口撃するパターン。そこに嫌悪の起源があるとジョルジは見ている。常に国民を二分して味方と敵を区別するこの言い方が、相手を嫌悪する機運を醸成してきた。
 正式な選挙運動が始まるはるか以前から、ルーラとボルソナロは演説の中で敵視発言を続けて、お互いの存在感を強めてきた。ボルソナロは、自分に向けられた嫌悪に対し、真正面から嫌悪で答えてきた。その繰り返しで二極化の構図が固まって来た。ここに、現在の元凶があるとジョルジは見ている。
 さらに彼は「だから、ボルソナロはルーラの作り出した〃作品〃だ。ルーラから彼への嫌悪が、ボルソナロを肥大化させた。今に始まった事じゃない。何年もかけて植えこまれた傾向だ」と指摘をしている。
 このお互いへの嫌悪の高さが、そのままボルソナロとハダジ両候補への驚異的な拒絶率の高さに繋がっている。
 ただし、PTは簡単に勝てると踏んだことが大誤算だった。反PT層がこれほど多いことを計算できなかった。PTはルーラを「カリスマ的救世主」として扱い続け、結果的にその対立軸としてのボルソナロにも〃救世主〃のイメージを植え付けてしまった。まさかこんな風に独り歩きして、実像とはかけ離れた救世主化するとは想像できなかった。
 PTは結果的に、救世主ボルソナロという虚像、怪物を作り上げてしまったようだ。
 ただし、決選投票までの3週間で情勢がひっくり返り、PT政権が復活する可能性も十分にある。固唾を呑んで成り行きを見守るしかない。(敬称略)