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ラ米の政治図は左傾化するか?=地域大国メキシコ、ブラジルで=パラグァイ在住 坂本邦雄

フェルナンド・ハダジ候補(Ricardo Stuckert)

フェルナンド・ハダジ候補(Ricardo Stuckert)

 最近のラ米の世論調査の結果を分析すると、地域で最大のメキシコとブラジルの2カ国に於いては、早々に左派の大統領が、それぞれ生まれるかのごとき形勢が窺える。
 メキシコでは先達て、次期大統領に当選したアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(略称=AMLO・アムロ)氏が、幾十年来の初めての左翼元首として、来たる12月1日に就任する。
 一方、ブラジルに於いては、左派(PT)のフェルナンド・ハダジ候補が、今月末の決戦投票で当選する可能性が高く、新年の1日には次期大統領に就任する予測が、日増しに現実味を帯びて来ている。
 世界の最大共産主義国の中国が、労働者のスト罷業権利を認めない、独特な野蛮な資本主義を試行する現在、一概に左翼とか右翼とかを、論議するのは、多少単純すぎる嫌いがある。
 しかし、適切な解釈による定義がなされない限り、現下の大なる疑問はメキシコが――及んでは、同じくブラジルの可能性も加えて――これで、大衆迎合主義が極左に傾くか、またはいかなる中道左派体制に落ち着くかの問題である。
 最近の、イボッピIBOPE=ブラジル世論調査・統計機関の調査では、PT=労働者党の立候補者ハダジ氏が、10月7日の総選挙で二位の得票を得て、同28日の決戦投票では大統領当選が可能と見られる程に、高い人気を示している。
 同イボッピの調査では、極右(PSL・社会自由党)のジャイール・ボルソナロ氏への拒絶率が46パーセントであるのに対し、ハダジ氏の其れは30パーセントである。
 元大統領ルイズ・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバが創立した、PT=労働者党の政権下で、文相及びサンパウロ市長を務めた経験があるハダジ氏は、穏健な中道左派の政治家である。
 同氏は学者肌の進取的な人物で、文相時代は公衆教育事情の改革・革新と教育の品質向上に努め、その後サンパウロ市長だった頃は、自転車専用道の促進や、タクシー組合の猛烈な反対を押し切って、Uber・ウーバー運送サービス等を採用・導入した。
 温和派の、経済学修士及び哲学博士の学位を持つハダジ氏は、次の2回目の決戦投票に勝つには、中道勢力の票を集め寄せるのに、更なる尽力が求められるだろう。
 ところで一方では、ハダジ氏とコンビを組む副大統領候補の、マヌェラ・ダビラ女史はブラジル共産党のリーダーであり、なおハダジ氏の、PT=労働者党は強力な急進左派陣営を擁している。
 しかして、同党の党首グレイシー・ホッフマン女史は、ベネズエラの独裁者ニコラス・マドゥロ大統領を、公然と支持するチャビズム派シンパである。
 しかしもこれで、ハダジ氏がブラジルの次期大統領に決れば、かつてのルーラの第一期政権時代の現象が起こり得るであろう。
 つまり、国内では実業界に迎合した人気取り経済政策を執り、同時にPT=労働者党の左派陣営に外交政策を任せると言った構図である。
 この様なブラジルの政治傾向は、地域諸国全体の情勢(気分)に敏感に影響し、例えばベネズエラ、ニカラグアやイランの動静や国際貿易に少なからぬ衝撃を与える。

12月に就任するメキシコのロペス・オブラドール新大統領(By Presidencia El Salvador from San Salvador, via Wikimedia Commons)

12月に就任するメキシコのロペス・オブラドール新大統領(By Presidencia El Salvador from San Salvador, via Wikimedia Commons)

 かたやメキシコでは、AMLO=アムロの略称で知られる振興左派のロペス・オブラドール次期大統領は、国家第4改革の公約遂行を誓うが、いまだその内容は未知数である。
 しかしAMLO=アムロは、前政権により最近実施された教育制度の見直し、およびベネズエラやその他の国の民主化、または人権擁護運動に介入するメキシコ政府の活動に終止符を打つ事を宣言した。
 要するにAMLO=アムロ、は他国の内政に干渉しない、メキシコの古い教義=ドクトリンの遵守を改めて公言したのだ。
 いわゆる、このドクトリンは、メキシコが前世紀に国際非難を避けて、キューバやその他の左派独裁政権を支援しないがための、口実にした政策方針だった。
 AMLO=アムロは、果たして急進的な左派だろうか? 多分、少なくも今の処はそうではないと思われる。
 最も可能性が有ると考えられるのは、20世紀大半の期間、メキシコを統治した、同氏の元出身政党(PRI=制度的革命党)の国家革命主義の線に戻るのではないかという事だ。
 目下のトランプ大統領のアメリカ合衆国の場合と同じく、AMLO=アムロは、あるいは大衆迎合国家主義に走るかも知れない。
 上手くすれば、ラテンアメリカの左への転向は、ブラジルの元大統領フェルナンド・ヘンリケ・カルドーゾ氏が主導した、中庸左派勢力及び自由通商の時代への復帰が期待される。
 さもなくば、もう一つの恐れは、急進大衆迎合主義の台頭にあり、現在大変な人道的危機に苦しむベネズエラが明白に示した通り、地域諸国は破綻的な国難に見舞われる事になろう。

(※筆者註=本稿は10月4日付の当地ABC紙に載った、在マイアミのアンドレス・オッペンハイマー記者の論説を抄訳、参考にしたものです)。