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県連故郷巡り=アララクアラ、ノロエステ巡訪=(6)=岐路に立つサンタフェ文協=小林書記「この5年間が勝負」

小林書記

小林書記

 水上公園を後にした一行は、ホテルに戻って休憩を挟み、午後6時にサンタフェ・ド・スール日伯文化体育協会に向かった。当日は、サンパウロ市で開催されていた「第12回世界ゲートボール選手権大会」に出場のために会員の多くが不在となるなか、わずかな会員が精一杯のもてなしで一行を迎えた。
 挨拶した小林ノリオ書記(54、二世)は、同会の活動を説明。会創立は58年で会員は約100人。現在の主な活動はゲートボール、太鼓が中心だ。同会の盆踊りは同沿線では最古、今年で56回を迎えたという。
 小林書記に話を聞くと「わずかな会員で何とか活動を維持しているが、若者は会に関心がない。どう活性化させるべきか頭を悩ませているが、他地域の日系社会からも離れており、情報が入ってこないのが実情。JICAボランティアの派遣も要請したいが、どのようにしたらよいのか分からない」と窮状を訴える。
 同会はアララクアラ線に位置しており、年に数回代表者が集る非公式会合はあるが、相互援助するような体制ではないという。
 「昔は野球や日語学校、将棋など会の活動が盛んだった。年中行事こそは何とか維持してはきたが、会の活動と言えるものがない時期もあった」と話す。一昔前は野球場だったという会館の敷地も、今やサッカー場に変っている。
 だが活動縮小に手を拱いていたわけではない。十年前からは活性化策として太鼓チーム「赤い龍太鼓」を発足させるなどの手を打ってきた。「ルアネー法を利用した活性化事業を立案もしたが、企業は大事業にしか興味を示さず、実現には到らなかった」という。
 小林書記は「我々が危惧しているのは、日語が途絶えてしまうこと。ゲートボールは確かに盛んだが、厳密には日本文化とは言えない」と話し、「会の活性化には日本との繋がり、そして若者を取り入れるために、彼らが興味を持つような現代日本の文化を取り込むことも必要。この5年のうちに何か変えなければ、立ち行かなくなる」と危機感を表した。
 その一方、まだ期待も残されているという。小林書記は「町も小さく日系人も少ないが、その比率に比べ日系人の存在はそれ以上。そのネットワークを活用し、市や政治家、企業に働きかけ活性化事業を立ち上げ、今後の基盤を作っていきたい」と見通した。
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別れ際に唱歌「ふるさと」を合唱

別れ際に唱歌「ふるさと」を合唱

 宴は「赤い龍太鼓」の演奏で幕開け。食事をしながら懇親を深めているとカラオケが始まり、演歌大会さながらとなった。「炭坑節」が流れると太鼓チームの子供たちを先頭に参加者が次々と加わり、いつの間にか大きな輪に。カラオケは夜10時頃まで続き、一行は自慢の喉を披露した。
 最後に、しばらく川合県連副会長と話し込んでいた小林書記は「こうして皆さんに来て頂き、交流を深められたのはとても良い機会になった。会の活性化を考えていくにあたって示唆を与えて頂き、今後に向けての大きな励みとなりました」と挨拶。最後は、唱歌「ふるさと」を全員合唱し、サンタフェ・ド・スールでの旅程を終えた。(続く、大澤航平記者)