「ブラジルの“極右”観が他の国と比べてきわめて特殊だ」ということを、コラム子は2日付の当コラムで書いた。そのときは「極右に対しての危機感の欠如」を指摘したが今度は、極右を「正義」だとさえ思っている人が少なくないことを指摘しよう▼「差別主義者的な言動をしておいて何が正義だ」と思う方もいるかもしれない。だが、それこそが、ジャイール・ボルソナロ氏が支持される強い動機付けにもなった。それは、「司法の英雄」が2人、結果的に彼を後押ししてしまったからだ。その二人とは、ひとりがジャナイーナ・パスコアル氏で、もうひとりがセルジオ・モロ氏だ▼ジャナイーナ氏のことはすでに8月3日付の本コラムでも書いたが、2016年にジウマ大統領を罷免し労働者党(PT)政権を終わらせた際、弁護士団代表のひとりとして罷免請求を作成した女性で、その独特な風貌と言動でマスコミの話題になり有名となった▼そして、ブラジル最大級の汚職事件「ラヴァ・ジャット作戦」の担当判事としての厳しい裁きで国民的人気となっていたモロ氏は、ジウマ氏の師匠、PTの親玉のルーラ元大統領と因縁が深い。その象徴ともいえるのが16年3月の出来事だ。そのとき、収賄容疑で逮捕されそうになったルーラ氏を、時のジウマ大統領が公職(官房長官)に就かせた。「それは公職特権で逮捕逃れを図ったからだ」と世間は騒然となったが、この際、2人の会話の盗聴テープを暴露し、「やはり策略だったのか」と世間の怒りに火をつけた人こそモロ氏だった。これが致命傷となり、ジウマ氏は罷免への墓穴を掘った。「盗聴漏洩」は本来は違法で、最高裁からは叱責も受けたが、モロ氏は世間では英雄となった▼そして2017年9月にモロ判事はルーラ氏に、「高級住宅の改築」を介したゼネコンからの収賄容疑で有罪判決を与え、翌年1月の2審でも有罪。ルーラ氏はこの時点で大統領選の世論調査で支持率1位だったが、再出馬の夢は消えた▼こういう話だけを聞くと「腐敗政権PTを倒した尊敬できる人」のようにも思える。だが問題は、人々のそうした記憶がまだ強いうちに、この2人がボルソナロ氏の側についてしまったことだ。ジャナイーナ氏はこの後、ボルソナロ氏の社会自由党(PSL)に入党し、モロ氏はボルソナロ氏の政権の法相になることが決まった▼PTが単純に嫌いな人なら「正義の味方もついている」となるかもしれないが、PTや左派支持者、ボルソナロ氏を特に支持しない立場の人にしてみれば、「ルーラ氏やジウマ氏は正当に裁かれていたの?」となっても仕方がない。本来、特定の政治勢力の肩入れをしてはならない司法の立場にある人がそれをやってしまったのだから▼さらにいえば、ボルソナロ氏は本来、「PTの汚職追及」には後乗りで、その動きの本来の主体はPTの長年のライバル、中道右派の民主社会党(PSDB)だった。それが2017年に相次いだスキャンダルで同党が失速。その穴にソックリ入ったのがボルソナロ氏だった。人々は、政治的主張などが既に変容していたにも関わらず、「新しい汚職撲滅の英雄」としてボルソナロ氏をあがめた。そこにジャナイーナ氏とモロ氏が続いたのだから、なおさら状況が見えないのだろう▼国民の中には今回、「あのモロ氏が極右についた」「そんな価値基準でラヴァ・ジャットを裁いていたのか」と驚いている人も少なくない。そして、左派には特に敵を作ってしまっている▼それはモロ氏が、今回の大統領選の一次投票の6日前に、ルーラ政権の元重要閣僚、アントニオ・パロッシ被告の爆弾証言を公表したためだ。これでボルソナロ氏を追い上げていたルーラ氏の代理候補、フェルナンド・ハダジ氏の勢いは消え、PTはたちまち嫌われ者となった。だが、16年3月の行為も「政治的な爆弾行為」と批判されたのに、それをPTに繰り返したことは問題視された。さらに同時期の同氏の妻のインスタグラムは、既にボルソナロ氏の熱烈応援で溢れかえってもいた。「『司法は中立』とモロ氏は本当に守っていたのか?」。これは今後、繰り返し問題にされるに違いない。(陽)