親米勢力VS反米勢力
「一つの国に二人の大統領」――ベネズエラは異常事態に陥っている。
しかも、『グアイド暫定大統領側』(国民議会議長)には米国を盟主とする汎米諸国(ブラジルなどリマグループ)や英仏独などのEU主要諸国、『マドゥーロ大統領』の側にはロシア、中国、キューバ、メキシコ、トルコという独裁政権的、もしくは左派などの反米勢力が集まっている。
恐ろしいことに、南米を舞台にシリアのような代理戦争が起きてもおかしくない構図が整いつつある。
ベネズエラは年率約130万%という超ハイパーインフレが続いて経済はとっくに崩壊した。人口約3千万人のうち300万人が難民として隣国に逃げ出している。つまり、ほぼ国民の10人に1人が逃げ出している。
これを異常事態と言わないで、何というのか。うちブラジルへ逃げ込んで来た人だけで5万人以上と推測されている。
マドゥーロ政権は中国から借りていた500億ドル、ロシアからの170億ドルを使い尽くし、先週〝虎の子〟である英国銀行(英中央銀行)に預けている12億ドル相当の金を引き出そうとした。それを先週金曜25日、米国のポンペオ国務長官らが干渉して凍結、さらに米国、EU、カナダ、ペルーで経済制裁を実施した。つまり国家運営は財政破たんの淵に追い詰められている。
軍部が握るマドゥーロの運命
国際問題ジャーナリストのロリバル・サンタナ氏はエスタード紙(以下E紙と略)27日付A14面記事で、「ベネズエラの今年の石油生産量は日産30万バレルに落ちると予想されている(チャベスが大統領に当選した98年の選挙時には320万バレルだった)。米国は17年に67万バレル/日をベネズエラから輸入し、同国からの輸出量のほぼ半分を占めているが、それをキャンセルできる」と指摘する。米国はべ国の生命線を握っている。
石油採掘は毎年、設備更新しないとどんどん生産量が落ちていく産業だと聞く。マドゥーロ政権はその投資ができないために生産量が年々落ちているというのだ。
サンタナ氏はCNBラジオの24日ニュースでも、「出口は二つ、マドゥーロが亡命するか、内戦になるかだ」と指摘した。つまり軍隊の出方次第では、シリア同様に内戦にもなりえる。独裁政権において軍がどう出るかで、事態が一変する。
万が一、内戦になれば、さらに大挙してブラジルへ逃げ込んできて、まっさきに我らが東洋街の下町グリセーリオ街の同国難民コミュニティが激増するに違いない。
サンタナ氏は「真実は細部に宿る」とし、「グアイドが暫定大統領宣言をしたのが23日午後1時44分(現地時間)。ヴラジミル・パドリノ国防大臣が司令官らを集めて会議を開いてマドゥーロ支持を確認して発表したのが翌24日午後2時。24時間の沈黙は、どんな雄弁なパドリノの演説よりも多くのものを語っている」(同E紙)と分析した。
この間、各軍の末端兵士がどちらを支持しているかを確認していた。末端兵士は家族がファヴェーラ(貧民街)に住んでおり、国民の気持ちを一番身近に感じている層だ。すぐに支持表明をできず、それだけ時間がかかったということは、「軍内部がそれだけ不安定である」ことを示しているという。
ベ国軍幹部は、軍だけでなく経済も支配している。経済主要機関のトップに軍人が配置され、「石油大将」「フェイジョン大将」「バター大将」とあだ名される役職について裏で利益を得ている。軍人およびその親族が企業家となって関連した輸出入を牛耳って利益を得ていると、サンタナ氏は指摘する。分かりやすくいえば、汚職だ。
軍が麻薬取引で腐敗?
同E紙A12面にあるクリスチアノ・ジアス記者の記事「軍幹部がマドゥーロ政権を支持するのは、組織犯罪の利益のため」には、ベ国軍の腐敗具合が報じられている。世界最大のコカ生産地域であるコロンビア国境地帯の麻薬取引を支配しているのはべ国軍人で、コカ精製に不可欠なガソリンの価格を世界最低水準に維持することを政権に強いることによって利益を増していると報じている。
世の中はマドゥーロの挙動ばかりに注目しがちだが、最近のべ国関連記事を読んでいると、本当の「国民の敵」はマドゥーロではなく、軍ではないかと思わせられる内容が多い。これが本当であれば、マドゥーロは軍の操り人形だ。
E紙A12面の解説記事には、チャベス政権と軍が腐敗に至った歴史的な経緯も説明されている。
いわく、もともとは中南米最大の反政府武装組織だったコロンビアのFarcが麻薬取引きを支配していたが、米国がその取り締まりを厳しくしようとコロンビア政府への資金援助や軍支援を強めたことにより、90年代末から弱体化した。麻薬密輸組織は新しいパートナーを探し、国境の反対側にいたベネズエラのウゴ・チャベス大統領(99―2013年)にたどりついた。
ベネズエラでは89年に貧困者が蜂起して軍が出動して発砲し、多数の死傷者が出る「カラカス暴動」が起きた。軍人で社会主義者だったチャベス中佐は、国民を暴力で抑えつける軍の在り方に衝撃を受け、92年2月にクーデターを起こすが失敗する。チャベスが投降する時にTV演説した内容に好感を持った国民が多かった。クーデター首謀者として投獄されたが釈放後の99年、チャベスは大統領選挙に出馬して貧困層の圧倒的な支持をえて当選していた。
だが02年にクーデターを起こされ、失脚しかけた。その後、外国(特にコロンビア)干渉による政府転覆に過敏になり、コロンビア国境に軍配備を増強したことで、国境付近の麻薬組織やコロンビア反政府ゲリラとの癒着が始まったと言われる。
さらに03年1月に起きたゼネストによって2カ月間、国家財政を支える石油生産が麻痺し、国内総生産(PIB)が27%も落ちる大経済ショックに襲われた。それを受けて、チャベスは石油公社を始め、主要な経済統制機関へと次々に軍幹部を送り込んだ。
その相互作用によって、軍部が麻薬取引きに関係し、国の主要経済機関のトップに居座るという構図ができ、軍幹部の親族がどんどん潤っていくという流れが始まった。それがマドゥーロ政権の裏幕だと同記事は、指摘する。
キューバが独裁政権の維持手法を伝授
さらにサンタナ氏はCBN25日ニュースで、べ国に派遣されている多数のキューバ軍人の影響を強調した。「彼らは軍の隅々にまで入り込んで諜報活動をしながら反体制派を探して抑圧し、キューバが60年間も独裁政権を維持した経験から、どう米国に対峙していくか、どうマドゥーロ政権を維持するか、どう国民を監視・管理していくかをおしえ込んでいる」。
青春時代にキューバ革命を見て、ゲバラやカストロを左派の理想像とした人たちには可哀想だが、「社会平等」を目指したはずの左派政権は独裁政治に陥りやすく、民主主義から最もかけ離れた政治体制だと歴史が示している。いまだにマドゥーロ政権を称賛するPTしかり、だ。
別に米国を称賛する気は一切ないが、民主度を比較すれば、良くも悪くも「国民が選んでいる」という意味での健全さは歴然としている。
民主主義にとって一番手に負えないのは〝腐敗した軍〟だと痛感させられる。ただでさえ合法的に武力を持ち、人を殺す訓練を積んだ組織が、本来の目的を忘れたら、一体、誰がそれを解体できるのか。本来は「国民を守る」ためにあるのが軍隊だ。
だがベネズエラでは「国民を見張って制圧する」ためや「汚職によって得た個人的な富を増やす」ためにその組織が使われている。そうなった時、どうやったら正常化できるのか。
と同時に、国連という存在の無意味さを思い知らされる。日本人は国連を「すべての国々を上から束ねる最高機関」と誤解しがちだが、実際には大した力はない。もしあればアフリカ諸国の血で血を洗う内戦、シリア、ウクライナ、ベネズエラ問題だってとっくに解決しているはずだ。
ブラジルの場合、85年の民政移管は民主的に行われた。ベネズエラの場合、2年前の民主化要求のデモだけで120人以上の民衆が死んでいる。どれだけ国民の血を流したら、民主化されるのか。そして独裁体制を支持する国際勢力という存在は実にやっかいだ。
グアイド率いる国民議会は24日に恩赦を宣言し、その中にマドゥーロを含める可能性を示唆した。マドゥーロは表面上「こっけいだ」と否定しているが、「失権した場合、自分が罰せられないか。家族が生きているか」を最も心配していると言われる。
一番理想的ななりゆきは、マドゥーロが仲介を受け入れると宣言しているウルグアイとメキシコが亡命を提案し、それが受け入れられることだ。そして、グアイド暫定大統領が選挙をやり直し、民主的な手続きで大統領を選びなおす。
そうなってほしいと心から願う。(深)