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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(40)

 日が昇りはじめると、――正輝には長い長い時間だった――少しだけ楽になった。
 コーヒー樹の何本かは霜を受けず、さくらんぼのように実が赤くなり、樹全体が美しい一色に染まっていた。けれども赤い実にまじってまだ収穫期できない青い実の樹もあった。もっとも、採集者には赤も緑も関係なかった。
 各自が家からもってきた巾2メートル長さ4メートルほどのズックの布の上に落とした。2枚の布をうまく使えば、成樹一本に十分まにあうのだった。
 収穫にはコーヒーの実を「①布にしごき落とす」方法と「②地面にしごき落とす」方法と二つあった。
 実を地面に落とす②の方法は、早熟で自然に落果して、発酵・腐敗してしまった実と混ざる可能性があるから敬遠された。①のやり方は労力の割りに収量が少なく原価は高くなるのだが、コーヒーの品質がずっとよくなる。青い実はコーヒーの味をそこね、質をおとす原因になる。これは働きはじめて何日かしかたたない正輝にも、コーヒーの樹の下にできる二色の実の山をみて、赤一色のコーヒーより質が落ちることがわかった。けれども青い実を分ける必要はないという指示があった。
「①」にしても、布の上にはコーヒー豆以外にいろいろなゴミが落ちたため、豆とゴミを分けるのにふるいが使われた。布に貯められた豆やゴミはいっしょにふるいにのせられ、空高く放りあげられる。それを何回もくり返すうちに、重いコーヒーの実と軽い葉や細い枝やその他のゴミが分別される。ほとんどは風に吹かれて飛ばされるのだが、それでも残ったものは豆の上に溜まるから、とり除けやすくなるのだった。
 すべての作業は監督の指示によって、その場で身につけなければならない。監督のいうことがわからないのだから、すべてジェスチャーである。まちがったり、能率のあがらないやりかたは是正される。仕事を覚えることは辛くもなかった。辛いのは、まず、猛烈にすりむいた手の熱いようないたみ、次に、体におそいかかる疲労。動けないほどだ。
 半日も仕事をすると正輝は体が半分に裂かれるような痛み覚えた。布におちている実をふるいに入れるため身をかがめる。次に立ち上がって、両手、両足、そして体全体をつかってふるいの中味を上に高く放りあげる。その一回一回が大変な力を必要とした。
「いつまでつづくんだ」と愚痴がでる。それはこれまでの生涯でいちばん長い日々でも日が暮れてから疲れきって家に帰った。サン・マルチニョ耕地のヨーロッパ系の労働者とちがって、保久原家や沖縄人には毎日入浴する習慣があった。準備しておいたドラム缶に湯をわかし、まず、洗面器に一杯だけ体にかけてから石鹸で洗い、あわを流すためにもう一杯湯をかける。
 体を洗ってから、あたたまるために5分ほど湯船につかる。はじめに樽、つづいて、正輝、さいごにウシが入浴する。入浴前と入浴後、風呂場の周りを裸で歩きまわった。みんなコーヒー園の仕事で疲れきっている最初の夜だから、だれかに見られることもないだろうと思ったのだ。
 そのうち、日が経つにつれて、ヨーロッパ系の労働者の目に留まってしまった。彼らは仰天した。沖縄人は日本人から野蛮だと思われていたが、ここではヨーロッパ人にもそう思われてしまったのだ。