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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(67)

 房子は未亡人としての責任を負わないことに決めた。兄に意見を問うと、兄はそれを承認した。戸籍上結婚しているとはいえ、それはなんの意味もなかった。一日たりともいっしょに過ごしたことはない。だから、彼女と夫とを結びつける関係、日常生活、親近感はないといえる。幾三郎の位牌を守ろうとする寛大な気持ちがあったにせよ、それは位牌を守る人がだれもいない場合だ。それについて、房子はなんの手がかりもなかった。結局、責任は自分にはなく、役目を負わないことにした。そのうえ、それを受ければ未亡人としての条件を受け入れることになる。それはまったく現状に即さないことだと判断したのだ。
 彼女はブラジルにきて遭遇したはじめての問題を自分で解決した。房子は決断力のある女だった。
 あるいは、このような強い性格がマイナスになったのかもしれない。当時、邦人社会は男にくらべて女の数が絶対数少なく、相手を見つけるのにやっきになっていた。にもかかわらず、房子のように活動的で、決断力もあり、強い意志を貫くような女を、たいがいの男は敬遠した。沖縄からきた移民はたいてい、古い習慣をもつ農民で、ごくふつうの女と結婚したがった。息子を産んでくれ、ものわかりよく、従順で、夫を励まし、家事をうまくきりまわし、農作業を手伝い、整理整頓ができ、なによりも夫の決めたことに口をださない女を求めているのだった。
 これらの男たちに属さない男を安里は一人だけ知っていた。友人の正輝だ。同郷の仲間とまったく違っている。重労働には適さず、仕事はなまける。けれども、どちらかといえば知的な仕事にむいていた。このようなタイプの男は強い女でも我慢できるのではないかと考えた。正輝は友だちと日常的に意見を交わしたり、相手の意見に抗ったり、口論するのが好きだから、房子のような女がむいているのではないかと思ったのだった。
 そのことが頭にあったから、妹と幾三郎の結婚を阻止しようと決心したのだった。
 幾三郎が死んで6ヵ月ほど過ぎたころだった。正輝と週に2、3回、ピンガをのむのが習慣になっていた樽は、なぜ嫁をとらないかたずねてみた。正輝は26歳になり、もう結婚してもいい年齢に達していた。
 「いい相手がいないんだ」と正輝は答えた。
 「うちにちょうどいい娘がいるのに、気がつかないのか」と切り出した。
 「それじゃ、そのために、もう一杯やろう」といって、樽と自分のコップにピンガをなみなみとついだ。それは友だちのすすめを受け入れ、近い将来、義兄弟になるというしるしでもあった。
 祝宴はなかった。二人ともそのための金など持ち合わせていなかった。戸籍上の夫を亡くした未亡人の結婚式をおおげさにするわけにもいかない。安里樽の家族、セイハチ・ジョゼとあらたにセイコウ・ジョアンをもうけた稲嶺の家族だけが集まったのだ。
 日本からいっしょにきた樽とウシ夫婦は、野菜栽培と朝市のほかに、12人の子どもの世話があり、たいした結婚式でもないので、招待しないほうがいいと思ってのことだった。